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神戸地方裁判所 昭和51年(行ウ)22号 判決

原告

亀田順一

原告

森崎竜二

原告

山口栄

原告

高見誠規

原告

山下隆爾

原告

平岡晃一

原告

小山健二

右原告ら訴訟代理人弁護士

小牧英夫

山内康雄

川西譲

足立昌昭

垣添誠雄

上原邦彦

木村祐司郎

野沢涓

井藤誉志雄

藤原精吾

前哲夫

佐伯雄三

宮崎定邦

高橋敬

吉井正明

田中秀雄

野田底吾

原田豊

羽柴修

西村忠行

小沢透造

藤本哲也

福井茂夫

竹内信一

岩崎豊慶

竹嶋健治

前田貞夫

大音師建三

被告

坂井時忠

右訴訟代理人弁護士

大白勝

右訴訟復代理人弁護士

井上史郎

上谷佳宏

被告

森崎靏

被告

森崎義照

被告

被告亡森崎實訴訟承継人

寺本国夫

被告

寺本茂人

右被告五名訴訟代理人弁護士

丹治初彦

分銅一臣

右丹治初彦訴訟復代理人弁護士

麻田光広

参加人

兵庫県知事坂井時忠

右訴訟代理人弁護士

石原鼎

右指定代理人

前田啓一郎

外七名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、兵庫県に対し、連帯して金七〇〇〇万円及びこれに対する昭和五一年八月二八日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  被告坂井時忠(以下「被告坂井」という。)

(一) 本案前の答弁

(1) 原告らの被告坂井に対する本件訴えを却下する。

(2) 右訴訟費用は原告らの負担とする。

(二) 本案の答弁

(1) 原告らの被告坂井に対する請求を棄却する。

(2) 右訴訟費用は原告らの負担とする。

2  被告坂井を除くその余の被告ら(以下「被告森崎ら」という。)

(一) 原告らの被告森崎らに対する請求を棄却する。

(二) 右訴訟費用は原告らの負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  当事者

原告らは兵庫県の住民であり、被告坂井は兵庫県知事の職にある者であり、被告森崎らは兵庫県佐用郡南光町所在の千種川フィッシュセンターの経営者である。

2  被告坂井の支出

被告坂井は、兵庫県知事として、昭和五〇年一月三一日から同年三月一日までの間に、兵庫県佐用郡南光町区域内の千種川災害関連工事現場付近の千種川フィッシュセンター養鰻池内のうなぎが、右工事による発破のため大量にショック死したとして、同センター経営者である被告森崎らに対し、右うなぎの死亡による補償金として同年六月一四日、七〇〇〇万円を支払つた(以下この支出を「本件支出」という。)。

3  本件支出の違法性

(一) 本件支出は、以下の諸事実から明らかなように、前記うなぎの大量へい死の事実がないにもかかわらず、これを補償の対象として行われた点で違法である。

(1) 本件支出に際し死亡したうなぎの数量は、違法に投下された白子うなぎの量を前提として推計されているが、被告森崎らが、養鰻場設立以来購入してきたとする白子うなぎの量そのものに客観的根拠がない。

すなわち、被告森崎らが昭和四七年から昭和四九年にかけて放苗したとされる白子うなぎの量は全部で三六八・七二四キログラムでうち二〇〇キログラムはフランス産で残り一六八キログラム余りの日本産のうち自家採捕分が一二〇キログラムというのであるが、右日本産白子うなぎの数量を裏づける直接証拠は全くなく、自家採捕分の数量にいたつては現実に採捕した白子うなぎの数量ではなく、白子うなぎの採捕許可数量を唯一の根拠としたものにすぎない。

まして、白子うなぎから成鰻になるまでの歩留りは、フランス産で約一〇パーセント、日本産で四〇ないし五〇パーセントなのであるから、放苗したとされる前記白子うなぎが、本件発生当時すべて生息していたとはいえない。

(2) 被告森崎らが少なくとも本件発生の前年には相当量の成育したうなぎを既に販売していた。

すなわち、白子うなぎは通常一年半、遅くとも二年で成長するので、昭和四七年春に購入したものは、翌四八年の夏場には販売でき、遅くとも昭和四九年には、販売できることになる。特に、日本産の場合だと昭和四七年の春に餌付けしたものは、同年秋には一部が出荷され、翌四八年の夏にはほとんど出荷されているとみるのが常識である。そうだとすると、被告森崎らの購入した白子うなぎも実際は、昭和四七年、同四八年のものはほとんど事件発生以前に出荷販売されていたものとみるのが常識に合致する。事実、被告森崎らは、本件発生以前の昭和四八、九年頃に大阪の中央市場や播州近辺に新聞折り込み散らしにより相当量の直売をしている。

(3) うなぎの大量へい死が発生する原因としてまず考えられるのは、病気(各種伝染病)と水変りとされるのであるから、水変りが原因とは認められないとすれば、少なくとも原因が明確にならないうちは、伝染病等の拡がりを防ぐためまず死亡あるいは極度に衰弱しているうなぎを養鰻池から取り除くことが必要不可欠なことであるはずであり、このような努力が被告森崎らにおいて何らされていないということは、逆に被告らが騒ぐほどの大量へい死は存在していなかつたことを推認させるものである。

この点について被告らは、大部分のうなぎは池底或いは池底の泥の中で死亡していたとの主張をするが、そうであるならば死亡したうなぎや極度に衰弱したうなぎが泥中から池表面に浮かびあがつてくるとは到底考えられないし、池底で死亡していたとして「全滅」を主張し、更に養鰻池のその後の利用さえ不能となつたというわけであるから、なおさら池底や泥の中のうなぎを取り出して、大量へい死の存在を証明することが十分に可能であつたはずである。しかるに被告らはこのような試みは全くしていない。これは、うなぎの大量へい死の事実が存在しなかつたことを強く推測せしめる。

(4) 兵庫県は、うなぎの大量へい死が発生したとされる期間の最後の頃である昭和五〇年二月二八日から翌二九日にかけて、死亡したうなぎの魚病検査を静岡県水産試験場浜名湖分場に依頼したが、その検査結果によれば、病気や寄生虫の発生が明らかとなつているにすぎず、むしろ今後の養鰻についての具体的指導がなされていることからすれば、なおこの段階においてもうなぎの潰滅的な大量へい死の事実など存在していなかつたことは明白である。すなわち、対象となるうなぎがほとんど存在していないのであれば、養鰻指導の「診断カード」など全く不必要で、意味をなさないはずであり、公的機関がそのようなおよそ無意味な診断をするとは到底考えられないからである。つまり、兵庫県当局も少なくともその段階ではまだ残つているうなぎの養鰻指導の方策を検討していたといえる。

(5) 兵庫県の佐用保健所は、被告森崎らの本件養鰻池(四面)の各面に約二〇〇〇匹、合計約八〇〇〇匹のうなぎの量と推測しており、被告ら主張のような大量のうなぎが右養鰻池に当時成育されていたとは考えられない。このことは、本件発生後に兵庫県上郡土木事務所職員等の撮影した右養鰻池の状況によつても裏づけられる。

(6) 本件については、被告森崎らが兵庫県に対して関係証拠資料の提出に強く拒否し、また被告坂井をはじめ県当局者も敢えてその点を追及しないまま、七〇〇〇万円もの大金を支払つているが、右支払いがなされた後、ほどなくして問題が議会や県民の間に明るみに出される直前に、被告森崎らによつて当該関係資料の焼却処分がなされている。

右の各事実は、被告らの主張とその実態が大きく異つていたことを経験則上推認するに十分である。

(二) 仮に、相当量のうなぎのへい死という事実があつたとしても、本件支出は、以下のとおり右へい死が前記千種川災害関連工事による発破に起因するものでないにもかかわらず、これに起因するものとして行われた点で違法である。

(1) 爆破とうなぎの大量へい死との間に因果関係が認められるためには、いくつかの科学的な論証が必要である。

まず、ダイナマイトの威力、使用量、回数、使用状況、使用した位置と養鰻池との距離関係等から池にどの程度のエネルギーが伝わり、それが泥中のうなぎにどれだけの衝撃を与えたかが明らかにされなければならない。

そして、仮に泥中のうなぎに一定の衝撃が加わつたとしても、その場合どんな異状がうなぎに現われるのかという資料が明らかにされなければならない。

また、へい死したうなぎの相当数を検査し、どのくらいの割合で病変その他の異常が認められるかどうかを検査し、組識学的に見て衝撃と魚体の異常との間に関連性が認められるかどうか、他の原因によるそのような異常の発生の可能性の有無も検討されなければならない。

(2) ところが、参加人及び被告坂井は、ごく少量のうなぎについての所見から大量のへい死をおこす病変はなかつたと断定し、兵庫県が、前記死亡したうなぎの魚病検査を依頼した水産庁(当時)の南西海区水産研究所(以下「南西水研」ともいう。)の検査結果である「内臓にうつ血が見られ、ソテックス写真の脊椎骨に異常が認められた」ことから「何らかの衝撃が魚体に与えられたと推定し」、さらに論理を飛躍させ爆破が原因と断定している。

(3) しかし、これは全くの推測にすぎない。県当局も当初は「何らかの衝撃によることが想定される」「確定的なことについては発破による被圧の推算値と組織学的検査結果をまたなければ判明しない」(この部分は何故か抹消されている。)と言い、因果関係について確信を持たなかつたけれど、兵庫県職員が、佐用郡南光町役場においてうなぎの死因調査結果を被告森崎ら関係者に説明した際の復命書に「養殖業者は死因結果が判明しないのでは我々はどのようにすればよいか困ると、県側につめよられたが、県側として前記の同内容を何回となくくり返して説明する間に、死因は発破による原因と受けとめたように感じられた」と記載しているとおり、被告森崎らの圧力によつて因果関係を認めさせられたことが正直に述べられている。

(4) さらに、兵庫県が死亡したうなぎの魚病検査を依頼した静岡県水産試験場浜名湖分場及び南西水研の検査及びその結果からしても、うなぎの死亡と発破との因果関係は認められない。

すなわち、そもそも検査対象となつたうなぎはわずか七ないし八匹にすぎず、因果関係の有無を判断する検査対象としては余りにも少量にすぎる。

さらに、右浜名湖分場は、うなぎの研究では最も権威ある機関とされているようであるが、ここでの検査結果は八匹の内二匹に病変が認められたが、内臓のうつ血や脊椎骨の異変は認められていない。

一方、南西水研ではうなぎの一部から内臓のうつ血と脊椎骨の異常が認められたことから何らかの衝撃が魚体に与えられたと推定されるとするが、それが発破によるものと推定されているわけではない。輸送中に衝撃が与えられることだつて十分ありうるわけで、わずか七匹程度のうなぎの検査結果から発破との因果関係を認めることは到底できない。

そもそも南西水研は海水魚が専門であつて淡水魚やうなぎの研究は全く行われていないし、うなぎについての専門家もいない。ただ、水中発破の研究を行つている研究所であるところから、県当局がうなぎのへい死が爆破によるものとの予断をもつて、検体を持ち込んだもので、これは到底原因を科学的に追求しようとする態度ではない。

南西水研のやつている水中発破の研究というのは、文字どおり水中でダイナマイトを爆破させた場合に魚族や漁場に与える影響を研究しているのであつて、泥の中で冬眠中のうなぎにつき、養鰻池から数十メートルも離れた場所で爆破した場合にどのような影響がでるかなどということとは全く異質の問題である。

(5) 一般常識からしても、被告森崎らは昭和五〇年一月二五日から同年二月二〇日まで約一か月にわたり千種川の護岸で約一〇〇本のダイナマイトを爆破させたというのに直接影響を受けるはずの川魚には何の影響も出ず、同所から何十メートルも離れた本件養鰻池の泥の中にいるうなぎがへい死するなどということは考えられないところである。

(6) うなぎの養殖というのは大変難しいものであつて大量へい死の原因をつきとめるためには、長期間にわたる水質の変化や就飼状態等の観察を必要とする。しかるに本件の場合その点が全く問題にされていない。

とりわけヨーロッパ産のうなぎは環境の変化に大変弱く、養殖が非常に難しいところから、近年殆んどの養鰻場ではヨーロッパ産のうなぎの養殖はやめているぐらいである。

うなぎの大量へい死の原因として一般に考えられる病気は、エラ腎炎、ワタカブリ病、ヒレ赤病などであるが、一番おそろしいのは水質環境の悪化によつて大量へい死をおこす場合である。アンモニアや硝酸量の増加によつて大量へい死をもたらすことはしばしばあり、それを監視し、そのようなことを防ぐためには、養殖業者としては水質データーをとつておくべきであるのに、本件の場合全くそのようなデーターがないところに、飼育管理が十分できていなかつたことを何よりも雄弁に証明するものであり、飼育管理の欠陥が水質環境の悪化をもたらし本件へい死の原因となつたと考えるのが最も普通の見方である。

(三) 本件支出の法的性質は、損失補償ではなく損害賠償である。そして損害を被つた主体と賠償義務者とは、いずれも前記工事を請負い施行していて故意又は過失のある被告森崎らであり、本件はいわば自損行為ともいうべく、兵庫県が賠償すべき性質のものではない。

(1) 被告森崎らが被つたと称する損害の填補については、これが、河川の護岸という公の営造物の設置に関して発生したものであるところから、国家賠償法二条一項の規定に基く損害賠償、いわゆる公の営造物の設置管理責任の存否が問題となり、この規定を基本として、工事請負契約約款の適用が考察され、さらに、本件損害は、工事請負人が第三者に加えたものであるところから、直接の賠償責任者と、最終的な責任負担者との関係につき、国家賠償法二条二項の求償規定及び民法七一六条の請負人の責任規定が問題となる。

(2) 国家賠償法二条一項は、公の営造物の設置管理の瑕疵に基づく損害賠償責任を規定しているが、本件において河川の護岸が河川の営造物に該当し、公の営造物の管理の瑕疵とは、河川改修工事の方法の瑕疵をいうものと解すべきであるから、千種川の近くに養鰻池がありダイナマイトによる発破を繰り返せば養殖中のうなぎに被害を及ぼすおそれが十分に予想されたにもかかわらず、何らの措置をとることもなく漫然ダイナマイトの発破を反復したことは管理上の瑕疵というべきである。そして同法二条二項が求償権を規定して損害の原因について責に任ずべき者を最終的な賠償義務者としていること及び民法七一六条が注文者は原則として請負人が第三者に加えた損害賠償責任を負わないとしていることからすると、本件工事の場合のように地方公共団体が、公の営造物の設置工事を業者に請負わせた場合、その業者が、工事の実施に伴い第三者に加えた損害の賠償義務は、その請負業者が負うべきこと当然である。ましてや、その請負業者と、損害を被つたと称する第三者が同一人の場合、地方公共団体には、何らの賠償義務も発生しない。

右の考えは、国家賠償法の適用の余地がなく民法上の不法行為に基づく損害賠償責任のみの場合にもそのまま妥当する。

(3) ところで、「賠償」と区別される「損失補償」とは、適法な公権力の行使によつて加えられた財産上の特別の犠牲に対し、全体的な公平負担の見地からこれを調節するためにする財産的補償をいう。すなわち、行政法規は、私人に対して必然的に損失を惹起させるような行政行為又は行政強制の権限を授権するが、これによつて生じる損失が、本人の当然に負担すべき範囲を越える特別の犠牲であると判断される場合に、この損失を平等負担の見地から調整しようとするのが適法な公権的行政に基づく損失の補償の制度である。そしてこの損失補償は実定法上の根拠に基づかなければならず、河川工事に伴う損失補償に関する規定としては、河川法二一条の、工事の施行に伴う損失の補償の規定が存するのみである。

本件において、被告らの主張する損失補償は河川法二一条に包含されないのみか、実定法上何ら根拠規定がない。しかも本件支出によつて填補されたものは、本件養鰻池に生じた損害であり、適法な公権力の行使あるいは授権行為によつて必然的に生じたものではありえないから、前述の「損失」とはいえない。

被告森崎らは、同被告らに過失がなかつたとの前提のもとに、無過失だから損害賠償ではなく、損失補償であると主張するが、不法行為の場合としても、無過失責任の発生することもあるし、国家賠償の場合にも瑕疵の有無が問題で過失は問題とされないのであるから、過失の有無が賠償と補償とを区別する基準にはならないことは自明のことである。

更に河川改修工事そのものが適法行為であることを理由に、損失補償とする考えも誤りであつて、その工事の過程においてうなぎのへい死という結果を発生させた場合は、その点において違法性を持つというべきである。

仮に河川改修工事に伴う発破により、うなぎのへい死という結果が発生したものと仮定しても、それは不法行為ないし国家賠償の問題であつて予見可能性が全くなかつたというのであれば、過失又は瑕疵がない場合にあたり、賠償責任が発生しないということになるだけである。

本件支出は「公共用地の取得に関する補償基準要綱」に基づき算出したとされているが、本件支出は公共用地の取得と何の関係もなく右要綱を適用すべき理由は、全く見出せない。

(4) 本件工事請負契約書二三条(一般的損害)では、「工事の施行に関して生じた損害は請負業者の負担とする。」と、当然の事理を定め、続いて、同二四条(第三者に及ぼした損害)では、工事の施行に伴い第三者に損害を及ぼした時は原則として、請負業者の責任とすること、ただし、工事の施行に伴い通常さけることができない地盤沈下、地下水の断絶等の理由により第三者に損害を生じたときに限り、施主は責任を負うことを定め、しかも、この場合でも、業者が善良な管理者の注意義務を怠つたときは、その負担とする、と定められている。

本件損害について考えてみるに、これは、特殊な「地盤沈下」等のように予測も回避も著しく困難であつたものとは言えず、且つ業者と養鰻業者が同一人であつたという人的関係からみても、発破工事現場と、養鰻場が近接していたという地理的・物理的関係からみても(もし仮に因果関係が認められ、何がしかの損害が発生したとしても)予測も回避も全く不可能であつたとはいえない。爆発物の取扱いについては無過失責任に近い注意義務が課されるものだからである。

(四) 兵庫県が損害賠償義務を負う場合に、その賠償額の決定には議会の議決を要する(地方自治法九六条一項一二号)ところ、被告坂井はあえて議会に提案せず、被告森崎らのいうままに損害賠償額算定の合理的根拠もないのに異常に莫大な損害額を決定して、被告森崎らを含む工事施行業者との間の建設工事請負契約約款に基づくものとしてあるいは損失補償として本件支出を行つた。

そもそも、右規定の趣旨が、不明朗な支出がされないように議会の意思にかからしめて賠償支払の適正を期することにある以上、兵庫県に賠償義務があるかどうか、損害との間に因果関係があるかどうかについて、きわめて疑問である本件の場合に、議会を通さずに損失補償の名を借りて支払をしたことは、同法九六条の趣旨を没却するものであり、到底許されないところである。

(五) 被告らは被害の実態の確認が不可能で損失額が計算できないために右事業に対する全投資額を「補償」額として算定したとしているがこのような「補償」金算出の合理的根拠はまつたく存しない。

(1) まず、本件において七〇〇〇万円の被害額を直接立証する証拠はない。もともと損害の算定のためには、被害数量を確定し、数量に単価を掛けて計算すべきものである。しかるに本件にあつては、被害数量は頭から度外視して問題にせず(冬眠中といえども、へい死したうなぎを泥中から取り出し、被害数量や成育の程度を推計することは容易で、七〇〇〇万円ものデタラメな「補償」することと比較するとその費用は微々たるものである。)、投下経費を推計して「補償」するという非常識なやり方をしている。

(2) その投下経費の推計も実にずさんなものである。

推計の方法は昭和四七、同四八、同四九年度に放苗した白子うなぎの量を前提とし、これから必要と推計される餌料代、人件費、薬品代等(現実に支出されたものではなく計算上の)を推計し、おまけに借地料(借地でもないのに)利息や償却費まで「補償」するというものである。

仮に被害実態が算定困難でやむなく投下経費を「補償」する場合であつても、このような推計によつて投下経費を算出し「補償」するようなことは到底許されない。

被告森崎らはいやしくも五名の共同事業として、県から多額の融資を受け養鰻業を経営しているのであるから、現実に支出した餌料代や人件費の明細がわからないなどということはあり得ない。また、養鰻業者は日誌をつけ、うなぎの飼育状態を詳細に記録するとともに、必要とした経費はきちんと記帳しているもので、日々の給餌管理、水質管理、病害対策、薬材の使用、池替え、選別、出荷は詳細に記録されていなければならない。人件費についても、雇入れた人間の氏名を特定し、どのように給与が支払われたかが明らかにされなければならない。

しかるに本件にあつては、一切そのような客観的な資料は示されず、被告森崎らに言われるままに何の客観的根拠もなく、すべてが推測で本件支出をしているのであり、兵庫県の「補償」のやり方として到底常識では考えられないことである。

(3) 昭和四七年から同四九年にかけて投入した白子うなぎの量についても、その三分の一を占める自家採捕の白子うなぎについては、客観的根拠は全然存在しない。

ただ、白子うなぎの採捕許可数量を唯一の根拠としているが、これはあくまで許可数量であつて、現実に採捕された量ではない。しかも、昭和四七年度は許可数量をこえて採捕するという矛盾から生じている。

また、南光町長が白子うなぎ購入量の証明をしているが、町長には証明する何の権限もなく、又その立場にもなかつたことは明らかであり、同町長に無理な証明をさせるというこの事実ひとつを見ても、本件の「補償」がきわめて異常なものであつたことを如実に示している。

(4) 放苗されたとされる白子うなぎ三六八・七二四キログラムのうち自家採捕分が一二〇キログラムとされているが、右数量は全く信用できない。

フランス産の白子うなぎは歩留りが悪く、大量へい死の危険が多いが、値段は大変安価で一キログラム当りせいぜい一万五〇〇〇円どまりであるのに対し、内地産白子うなぎは七万円から一五万円もする。また、白子うなぎから成鰻までの歩留りはフランス産が約一〇パーセントであるのに対し日本産は四〇ないし五〇パーセントである。このように、価格や歩留りから考えても日本産白子うなぎの一二〇キログラムの自家採捕分は馬鹿にならない数量であつて、現実に採捕され放苗されたかどうかは本件「補償」額に重大な影響を及ぼすものである。

しかるに、これだけの量が採捕されたとする根拠は一切ないだけでなく、魚病検査依頼のための静岡県水産試験場浜名湖分場へ持ち込まれたのはすべてヨーロッパ産のうなぎであつたことを考えあわせると、この日本産一二〇キログラムの自家採捕量は全然信用できない。

(5) 本件の「補償」の方式では昭和四七年から同四九年にかけて投入した白子うなぎは一匹も出荷していないものとして賠償額を計算している。

ところで、一般に日本産白子うなぎは二年で成鰻となり殆んど全部を出荷し終え、ボイラーを使つて加温した場合には一年で六〇ないし七〇パーセントは出荷する。フランス産白子うなぎは若干日本産より生育が悪く、三年を要するものもあるが多くは二年で出荷できる。

本件において、日本産白子うなぎは一六八キログラム余りも投入したというのに三年間に一匹も出荷しなかつたとすれば、それは養鰻に失敗した場合にほかならないが、本件の養鰻場が若干水温が低いことを考慮に入れても、三年間全く出荷がなかつたということはあり得ず、現に被告森崎らは本件事件の前年に散らし広告などし一部出荷をしている。

ところが、本件「補償」額決定に際し、右事実を全く考慮に入れていないのは、不当である。

(6) 被告森崎らのうなぎの飼育方法等からみても、本件「補償」の異常さを示す事情がうかがわれる。

すなわち、日本産うなぎとヨーロッパ産うなぎとは飼育方法に相違があるので、一緒に飼育することはない。先ず、適水温がちがう。日本産うなぎは摂氏二五〜二八度、ヨーロッパ産は二〇度前後である。ヨーロッパ産は水温が低くても餌料を食べるが、日本産はそうではない。したがつて給餌の時期や方法が異なる。ヨーロッパ産は寄生虫に弱いから薬材による消毒がたえず必要であるが日本産はそうではない。生育状態もヨーロッパ産は大小のバラツキが多く、しかもとも食いが多いので池替えによつて大小をそろえる必要がある。ヨーロッパ産は環境の変化に弱く、流水式の池で飼う方がよく、一方日本産は止水式で飼うことが多い。

このようにヨーロッパ産と日本産とは飼育方法が異るので一緒に飼うことはまずありえないというのが専門家の一致した意見である。

しかるに本件では、日本産とヨーロッパ産を一緒に飼育しているという。まことに不思議なことである。

次に、何よりも理解し難いことは、昭和四七年から三年間にわたり飼育したうなぎを昭和四九年一二月に全部本件「事故」のあつた養鰻池に移していたことである。

一般に養鰻にあたり、うなぎの成育に応じて二番池、三番池と移していくのであるが、わざわざ冬眠用の池に一括して全部移すというようなことはあり得ない。つまり、冬眠用の池に移す合理性が全くないだけではなく、危険の分散という意味でもあり得ないことである。

4  被告らの故意・過失等

(一) 被告坂井について

(1) 被告坂井は、被告森崎らの損害賠償の請求に対し、彼らのいううなぎの大量死亡の事実及び発破との因果関係がきわめて疑わしいものであり、しかも仮に右事実が存在するとしても右事実の発生は、被告森崎らの故意・過失によつて生じたものであるから、兵庫県としては損害賠償を支払うべき義務を負うものではないことを十分に承知していながら、あえて被告森崎らの要求のままに損害賠償として本件支出をすることを決定した。

(2) 兵庫県が損害賠償の義務を負う場合であつても、その賠償額の決定は議会の決議を要するところ(地方自治法九六条一項一二号)被告坂井はあえて議会に提案せず、被告森崎らの言うままに損害賠償額算定の合理的根拠もないのに異常に莫大な損害額を決定した。

(3) 損害賠償の支払いについての損害額の決定及びその支出命令は、本来知事が行うべきであり、他に委任できないものであるのに、被告坂井は本件損害賠償の支払いを脱法的に公共事業施行上の損失補償の名目で支出することにしこの場合には手続上は上郡土木事務所長への委任事項の範囲で処理できるところから、同事務所長に指示、指揮して「補償額」の決定及び「支出命令」を発せしめ、違法な手続によつて本件支出をした。

(4) 前記の通り被告坂井は兵庫県に損害賠償の義務なく且つ本件支出の手続が違法であることを十分知りながら故意に又は著しく注意義務を怠つて本件違法な支出を行い、兵庫県に損害を与えたものであるから不法行為による損害賠償責任を免れないものである。

(5) 被告坂井は前記不法行為によつて損害賠償の義務を負うほか、地方自治法二四三条の二第一項後段によつても賠償責任を負うものである。

即ち、被告坂井は形式上土木事務所長の支出命令で本件支出をなさしめてはいるが、その決定指揮は同被告が行つたものであり、同条一項二号の支出命令に実質上該当するほか、三号の支出に該当すると言える。

(二) 被告森崎らについて

被告森崎らは、前記3(一)ないし(三)及び(五)の各事実を故意に秘とくして被告坂井をして本件支出をなさしめたものである。

仮に、そうでなくとも法律上の原因なく七〇〇〇万円を不当に利得し、兵庫県に対し同額の損害を負わせたものである。

5  原告ら監査請求

原告らは、昭和五一年五月一〇日、地方自治法二四二条による住民監査請求をしたところ、兵庫県監査委員は、「本件支出行為は、適法、妥当であり措置の必要を認めない」との監査結果を出し、原告らは、昭和五一年七月一日右監査結果の通知を受けた。

6  結論

よつて、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号に基づき、兵庫県に代位して、被告坂井に対しては損害賠償として、被告森崎らに対しては第一次的には損害賠償として、第二次的には不当利得返還として、各七〇〇〇万円及びこれに対する本訴状送達の翌日である昭和五一年八月二八日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  被告坂井の本案前の主張

本件金員に関する支出負担行為及び支出命令行為をなす権限は、参加人から上郡土木事務所長に適法に委任され、被告坂井は損害補填の義務を負わないのであるから、原告らの被告坂井に対する本訴請求は被告適格を欠く不適法なものである。

1  現行地方自治制度上、普通地方公共団体の長は、その能率的な職務の執行を期する見地から、地方自治法一五三条一項の規定により、その権限に属する事務の一部を当該普通地方公共団体の吏員に委任することができることとされているところであるが、右規定に基づき具体的にある事務が普通地方公共団体の長によつて委任されたならば、当該事務は、受任者たる当該普通地方公共団体の吏員の職務権限となり、当該事務については、当該受任者がもつぱら自己の名で自己の責任において処理することとなり、委任をした当該普通地方公共団体の長においては、これを処理する権限を失うものである。

2  そして、一般的にこのような権限の委任があつた場合には対外的関係においても、当該権限は受任者の名を表示して行使されるから、委任者である普通地方公共団体の長が責任を負うべき余地はないことが明らかである。次に普通地方公共団体の内部に対する関係では、権限委任に関する規定が存するにも拘らず知事が当該権限の行使に何らかの関与をした等の特段の事情がない限り、当該処理事項については実質的に権限を行使した受任者が責に任ずべきであり、長たる知事は直接の責任を負わないものである。したがつて、かかる責任の追及を求める訴えは被告適格を欠く不適法なものとして却下されるべきである。

3  ところで、兵庫県においては、参加人である知事の権限に属する事務については、その一部があらかじめ右地方自治法の規定に基づき、土木事務所長などの地方機関(行政組織規則(昭和三六年兵庫県規則第四〇号)五条の規定による。)にあつては地方機関処務規程(昭和四三年訓令第八号)及び財務規則(昭和三九年兵庫県規則第三一号)によつてそれぞれ地方機関に所属する県の吏員に委任されている。

したがつて、当該委任された事務については、参加人は自ら処理する権限を有しないものといわなければならない。

4  本件金員の支払いの手続は、次のとおりである。

(一) まず、本件の補償の決定は、上郡土木事務所長によつてなされている。これは、右地方機関処務規程三条一〇号の規定に基づく別表第一の土木事務所長の委任事項欄に定めるところにより、「事業の執行に伴う用地の取得及び用地等の補償を決定すること(一件の予定価格が一億円以上及び面積が二万平方メートル以上のものを除く。)」が、土木事務所長に委任されていることから、右権限に基づき所管の上郡土木事務所長が所要の手続を経た上で本件の補償を決定したものである。

(二) 次に右補償の決定に基づいて、本件支払いに係る地方自治法二三二条の三に定める支出負担行為が、上郡土木事務所長によつて決定されている。これは、右財務規則四条一項二号に定めるところにより、同規則一六条の規定による令達を受けた歳出予算の範囲内で支出負担行為をする権限がかい長(同規則二条四号による。)たる土木事務所長に委任されていることから、右権限に基づき所管の上郡土木事務所長が、同規則五〇条及び五三条に定める手続を経由して、本件支払いに係る支出負担行為を決定したものである。

(三) 次いで右支出負担行為の決定に基づいて本件支払いに係る地方自治法二三二条の四に定める支出命令が、上郡土木事務所長によつてなされている。これは、右財務規則四条一項三号に定めるところにより、支出命令の権限がかい長たる土木事務所長に委任されていることから、右権限に基づき所管の上郡土木事務所長が、同規則五四条に定めるところにより、本件支出に係る支出命令をしたものである。

なお、(三)の上郡土木事務所長の権限の行使については、右地方機関処務規程九条の規定により、同所長の指定を受けて、同事務所の副所長が同規程二条五号による代理決裁をしている。

(四) 最後に、本件支払いに係る地方自治法二三二条の四に定める支出が、右財務規則六五条の規定に定めるところにより、上郡土木事務所の出納員によつてなされている。

5  このように、本件金員に関する支出負担行為及び支出命令行為をなす権限は、上郡土木事務所長に委任され、同事務所長が、その権限に基づきその範囲内で、本件金員の支払いを適正に執行したものであり、参加人は本件支出については無権限であるから、原告らの被告坂井に対する本訴請求は被告適格を欠く不適法なものである。

三  本案前の主張に対する原告らの反論

1  被告坂井及び参加人は、本件支出に関する権限が上郡土木事務所長に委任された旨主張するが、右は本件支出の法的性質を損失補償ととらえてのものである。しかしながら、本件支出の法的性質が損害賠償であることは前述のとおり(請求原因欄3(三)参照)であつて、「公共用地の取得に伴う補償」とは全く無関係であり、兵庫県の違法行為によつて損害を発生させた場合、参加人がその権限と責任において検討処理しなければならないことは明らかである。

すなわち、地方自治法九六条一項一二号は「法律上その義務に属する損害賠償の額を決めること」を地方議会の議決事項とするとともに兵庫県知事は右の事項を決裁する権限を有することを明文上明らかにしている(兵庫県決裁規定五条二項一七号)。

このように、本件支出は明白に兵庫県知事の権限事項であつて、上郡土木出張所長の委任事項として処理できない性質のものである。

それにもかかわらず被告坂井はその権限を逸脱し、議会の議決を要しないところの「事業の執行に伴う用地の取得及び用地等の補償」に関する手続を便宜的に借用し、本件支出を行つたものである。

2  被告坂井は、本件「うなぎの賠償」問題はすべて上郡土木事務所の権限で処理し、全く関与しないかのように主張するが、そのようなことは、およそありえないことである。

すなわち、

(一) 県会での昭和五〇年七月一六日の土木建築常任委員会での質問にもあるとおり、「県は七〇〇〇万円の補償を払つている。この業者(被告森崎らのこと)は同建協の正会員で、この工事の火薬取締者であり、かつ、この養魚場の経営者のひとりだ。しかも解放同盟の支部長はその人の息子で南光町会議員をしている。この業者の決定は解放同盟と相談してやつたのか」との追求にも見られるとおり本件支出は当時兵庫県と連帯していた部落解放同盟とその影響下にあつた同和建設事業協議会の圧力のもとに決せられたものであつて、知事の関与なしには決定しうべからざるものであつた(だからこそ議会を通す必要のない補償という形で支出されたのである。)。

(二) 当初うなぎの賠償問題が持ち込まれたのは、上郡土木事務所ではなく兵庫県の水産試験場であり、更には兵庫県食糧局水産課である。しかも「補償額」の決定は「公共用地補償審査会」の議を経て土木局長が決定している。これらはいずれも兵庫県知事の直轄の補助機関であり、当然兵庫県知事に報告されていて支出の手続だけが土木事務所長でなされたのである。

(三) 被告坂井は本件事故の内容について十分報告を受け、その実務的な処理を県土木部長に委ね、支出の経過については悉く知り且つ了承を与えているものである。ちなみに昭和五〇年一二月一五日の決算特別委員会で被告坂井は「養鰻事故については、すべてを土木部長に一任している。土木部長のやることは知事のやることとお考えいただいて結構である。責任は私がとる。」と答弁し、上郡土木事務所長がやつたことだなどとは一言もいつてないのである。

(四) 本件の河川災害関連工事は、災害復旧事業国庫負担法による国庫補助事業であつて、当然国に対して報告すべき事業である。しかも河川工事そのものは、約三七〇〇万円の工事であるのに本件賠償は七〇〇〇万円にものぼる高額なものである。このような支出について上郡土木事務所長が単独で処理できるはずはなく、兵庫県知事の関与なくしてはありえないものである。

3  仮に被告坂井及び参加人の主張するように、本件支出については「補償」であるとの名目の下に上郡土木事務所長に権限が委任され、同人の権限において、本件支出がなされたと考えたとしても、土木事務所長が単独の責任において処理することはできない性質のものといえる。

すなわち、地方機関処務規程七条一項によれば「所長等は委任を受けた事項であつても、異例又は重要であると認めるものについては、知事の指揮を受けなければならない」と定められており、本件は「事故」発生の態様の異常さ、工事費に対する「補償額」の高さ、その重要性において当然兵庫県知事の指揮を受けるべき事案である。したがつて上郡土木事務所長が単独の判断で処理しうべきものではないといえ、その実態は同所長が兵庫県知事の指揮をあおいだ結果「補償」として本件支出をなしたものではなく、当初から被告坂井の全面的な指示のもとに本庁において処理され、ただ支出負担行為及び支出命令の手続だけが上郡土木事務所長の権限として行われた形をとつているものである。

四  請求原因に対する認否

1  被告坂井及び参加人

(一) 請求原因1項の事実のうち、原告らが兵庫県の住民であること及び被告坂井が兵庫県知事の職にある者であることは認める。

(二) 同2項の事実のうち、被告森崎らに対し七〇〇〇万円が支払われたことは認め、その余は否認又は争う。

(三) 同3項は否認又は争う。

(四) 同4項(一)の事実はすべて否認する。

(五) 同5項の事実は認める。

(六) 同6の主張は争う。

2  被告森崎ら

(一) 請求原因1項の事実のうち、原告らが兵庫県の住民であることは不知。その余の事実は認める。

(二) 同2項のうち、千種川フィッシュセンター養魚池内のうなぎが原告ら主張の工事による発破のため全滅死したことに対し被告森崎らが七〇〇〇万円の金員の交付を受けたことは認め、その余は否認又は争う。

(三) 同3項は否認又は争う。

(四) 同4項(二)の事実は否認する。

(五) 同5項の事実は不知。

(六) 同6項の主張は争う。

五  被告全員及び参加人の主張

1  本件支出に至る経緯

(一) 災害の発生及び被災箇所復旧の必要性

昭和四九年九月八日から翌九日にかけて兵庫県の西播地方において異常気象による大雨があり、二級河川千種川の本川及び支川において洪水による災害が発生した。

このため、千種川の河川管理者において被災箇所の復旧を行うこととなつたが、千種川本川のうち、兵庫県佐用郡南光町における右岸約一一四九メートルの区域及び左岸約七三二メートルの区域については、原形復旧工法では再度の被災を防止することが困難であつたため被災箇所の復旧を改良復旧工事として実施することとなつた。

(二) 工事内容及び発破使用の必要性

右工事は、河岸及び河床を掘削し、護岸ブロックを積み天端をコンクリート張りとした護岸を設置する本工事と、堤外水路工事を施工する附帯工事とであつたが、この区域の河床には岩盤(中硬岩である輝緑凝灰岩)が露出しており、護岸ブロック積みの基礎部を岩着させるためには岩盤を溝掘する必要があり、このような工事においては火薬により岩盤を破砕するのが通常の施工工法であり、渇水期間内に工事を終了させるためには、発破使用が必要不可欠で、そのため右工事請負契約の設計図書においては、中硬岩床掘のためのダイナマイトの使用が計上されていた。

(三) 本件発破使用の相当性

右工事の一部(施工延長約四七三メートル。以下「本件工事」という。)を請負つた被告森崎義照(右工事請負人)及び同森崎靏(右工事の下請人)は、それぞれ火薬取締法(昭和二五年法律第一四九号)一七条及び二五条の規定に基づく火薬類の譲受及び消費についての許可を受けた上で、右岩盤破砕のためにダイナマイトを使用した。本件工事について、被告森崎靏が岩盤破砕のため使用した火薬は、昭和五〇年二月五日一キログラム、同月六日二キログラム、同月八日一キログラム、同月九日一キログラム、同月一〇日一キログラム、同月一九日一キログラム、同月二〇日二キログラム、同月二一日三キログラム、同月二二日一キログラムの計一三キログラムであるが、右火薬の使用量及び使用方法は、いずれも妥当なものであつた。

(四) 河川管理者、被告森崎義照及び被告森崎靏が措つた予防措置

被告森崎義照及び被告森崎靏は、河川管理者の地方機関である上郡土木事務所の指示、監督に基づき、右火薬の使用に際しては、破砕岩の飛散等による事故防止のために飛散防止工事の施行や監視員の配備等一般的に予測される被害の防止について通常必要な配慮を実施した。とくに、本件工事現場の付近にはうなぎを冬眠させている四面の池(養鰻池)があつたので、飛散物による同池への損傷防止はもとより、養鰻池への用水の補充が河川水を引用していることから、工事に伴い生ずる濁水が同池へ混入しないように上流部から同池へ取水する措置を講ずるとともに、掘削岩や土砂等の工事現場からの搬出に当たつても同池へのずり落ちを防ぐため、積込み位置、積載量、搬出路等について充分な配慮を行つていた。

しかしながら、本件発破使用により生ずる振動が、養鰻池に伝わり、その結果冬眠中のうなぎがへい死するとの科学的知見は当時存在せず、河川管理者をはじめとし、土木請負業者一般の知るところではなかつたため、うなぎを移動させる等、被害防止措置を講ずる余地がなかつた。

(五) うなぎへい死被害発生と発破との因果関係

(1) 本件発破使用直後から、被告森崎らの飼育するうなぎが大量にへい死した。

すなわち、被告森崎らは、昭和四七年四月から千種川フィッシュセンター養鰻池において主としてフランス産白子うなぎ、内地産白子うなぎを購入し、昭和五〇年にいたるまで養鰻をなし三年間の日時をかけて順調に成長させ、すでにごく少量の試験売りをしたが、同年夏に全て販売する状態に至つていた。

しかしながら、昭和五〇年一月から開始された兵庫県上郡土木事務所発注の前記千種川河川災害関連工事において、同年一月二五日から同年二月二〇日までの間火薬を使用し、発破をかけた頃から鰻の大量斃死が発生し、同年三月には全滅した。

(2) 右大量へい死を招いた原因については、兵庫県水産課において静岡県水産試験場及び国立南西海区水産研究所の協力を得て原因解明のための調査、研究を行つた結果本件工事施工に伴う発破使用の衝撃に起因することが明らかとなつた。しかしながら、右知見は既に述べたとおり、本件発破使用当時には一般には得られておらず、被害発生後の調査、研究により初めて得られるに至つたのである。

(六) 本件支出の手続

(1) 上郡土木事務所長は、本件うなぎへい死により被告森崎らが受けた被害を補償すべきものと判断し、前述(二4参照)の手続を履践して補償額の決定、これに伴う支出負担行為並びに支出命令をした。

(2) また、同事務所長は、本件被害額の合理的算定につき投資補償方式を採用し、①白子うなぎ購入費、②飼料代、③光熱費、④借地料、⑤人件費、⑥薬品その他、⑦右①から⑥までの利息、⑧施設償却費、⑨右⑧の利息及び⑩冬眠池の消毒代につきそれぞれの資料に基づき被害額を具体的に算出し、補償費合計七〇〇五万七〇六八円と決定した。

2  本件支出の正当性

(一) 本件支出の法的根拠等

(1) 本件事故は、公共のために必要かつ緊急を要する前記千種川の災害関連工事施行に際し、適法不可欠とされた発破使用の衝撃の結果、現実に土中に冬眠中のうなぎが大量にへい死するという被害が発生したものである。また、当時、右工事の施行者である兵庫県も、実際に右工事を請負つた被告森崎義照もこれを全く予見し得なかつたもので、いずれにも過失はなかつた。

このような被害に対する本件支出の法的性質は、「賠償」ではなく「補償」に該当するというべきである。

(2) このような被害填補は講学上及び行政実務上「事業損失に対する補償」と説かれるものであつて、通常公共事業施行に伴い、必然的に発生する被害の補填を目的とする。また、原則として被害発生という結果、換言すれば「行為」と「結果」との因果関係の存在は客観的に明らかであり、かつ主観的にも事業者により認識されているのが通常である。しかしながら、因果関係が客観的には存在しながら、行為当時事業者の知見となつていない場合もありうる。そして、行為当時において因果関係の知見が事業者に明らかであり、かつ被害額算定が容易であれば、事業者は事前補償をなすのが通常である。

(3) しかしながら、本件のように、発破による振動とうなぎへい死との因果関係が客観的に存在し、従つて事業施行が必然的に被害発生を招くことが明らかであつても、主観的知見を欠く場合には事前補償は不可能であり、結果発生後の調査、研究による知見の確定を得た後に「補償」として被害の填補をなすことは、事業者たる行政の責任であるといわなければならない。

(4) そして、適法な公権力の行使によつて、財産権にその内在する社会的制約を超えて特別の犠牲が課される場合には、法令に損失補償に関する規定が存しなくとも、直接憲法二九条三項の規定に基づいて正当な補償を請求することができる(最高裁昭和四三年一一月二七日判決刑集二二巻一二号一四〇二頁、最高裁昭和五〇年四月一一日判決判例時報七七七号三五頁等参照)ところ、本件は右特別の犠牲が課される場合に該当する。

そこで、兵庫県としては、従前から河川工事に伴つてしばしば生じる水枯れや周辺民家の地盤沈下に対して行われてきた損失補償と同様に、本件についても、法令上特段の損失補償規定は存しないが、憲法二九条三項により、損失補償すべきものであるとして、具体的な損失補償の算定方法等については、兵庫県の「公共用地取得に伴う損失補償基準、同細則及び同取扱」(以下「兵庫県補償基準等」という。)に依拠し、合理的な範囲内において、本件支出を行つたものである。

なお、右の兵庫県補償基準等は、国の要綱に準じて、公共用地の取得に伴う補償額の算定方法等の統一を図る見地から、昭和四〇年三月三一日に制定されたものであるが、憲法二九条三項により従前から河川工事に伴う水枯れや周辺民家の地盤沈下等の損失補償を行うに当つても、公共用地の取得に伴う損失補償額等の算定方法等との均衡を図るという趣旨から、右兵庫県補償基準等に依拠して行われているものである。

(二) 本件補償額の妥当性

本件被害に対する補償額の算定は、右の兵庫県補償基準等に依拠して前述(五1(六)(2)参照)のとおり合理的な範囲内で算定されたもので、相当である。

3  よつて、本件支出は、参加人から正当に権限委任を受けた当時の上郡土木事務所長において所定手続を全て履践し、適法、適正に執行されており、何らの瑕疵もない。

六  被告坂井の主張

1  被告坂井には本件支出の権限はない。

本件金員に関する支出負担行為及び支出命令行為をなす権限が、参加人から上郡土木事務所長に適法に委任されたことは前述(二3ないし5参照)のとおりであり、したがつて、本件支出につき兵庫県が被告坂井に対し損害賠償請求権を取得する余地はないから、原告らの被告坂井に対する本訴請求は失当である。

2  被告坂井は本件支出に何ら関与していない。

被告坂井は、上郡土木事務所長の本件金員の支出行為に指示、指揮等一切関与したことはなく、この点においても被告坂井に対する本件損害賠償請求権が成立する余地がない。

3  仮に右主張が認められなかつたとしても、被告坂井に帰責事由はない。

(一) 被告坂井が兵庫県に対し賠償責任を負担すべき場合があるとすれば、それは地方自治法二四三条の二第一項後段によるべきところ、住民の地方公共団体の職員(以下「職員」という。代位請求については知事の職にある者も当然含まれる。)に対する代位請求が認められるためには、その職員(本件では知事の職にある被告坂井)が地方公共団体たる兵庫県に対して故意又は重大な過失によつて損害を与えたことが必要である。

(二) 本件支出については、その権限が参加人から上郡土木事務所長に適法に委任されていること前述(二3ないし5参照)のとおりであるから、填補責任を負うべき者は上郡土木事務所長であり被告坂井は帰責主体となりえない。

(三) また、原告らの主張は、被告坂井の監督責任を追求しているものとは考えられないが、仮に地方自治法二四二条の二に基づき被告坂井の監督責任を追求することができ、かつ本件においてこれを問題としうるとしても、被告坂井には故意又は重大な過失はない。

七  被告森崎らの主張

1  本件養鰻業の取組

(一) 被告森崎らは、昭和四七年四月から兵庫県佐用郡南光町において千種川フィッシュセンターという名称で養鰻業を開始した。

なお、右森崎らの本件養鰻業の取組は、所有田地・山林の乏しい被差別部落の田畑を有効に利用した事業を興すことによる経済面からの解放といつた側面と山間僻地部といわれてとりたてて誇りうる産業を持たない兵庫県佐用郡南光町に新たな産業を切り開くという側面を併せ持つていた。

(二) 被告森崎らは、兵庫県佐用郡南光町下徳久米田字山川に元池と出荷池を設置し、同下徳久下宿前に七面の二番池を、同下徳久米田坊治に三面三番地、同下徳久九郎右衛門殿に四面三番池を、それぞれ設置し、そのうち元池、二番池、三番池は、それぞれ購入地と借地上に設置されており、借地料は反当年間五万円の他、反当三〇〇〇円の水利費を負担した。

また、養鰻の方式は、止水式養鰻であり、被告森崎らのうち、技術・飼育・水質管理等の中心責任者を被告森崎實とし、他被告の四名及びその家族が労力を負担する外、従業員一名、アルバイト一名を使用していた。

(三) 被告森崎らが、養鰻に際し放苗した白子うなぎは、フランス産白子うなぎ及び内地産白子うなぎで白子うなぎ業者から購入するほか、白子うなぎの採捕許可を得て毎年三月ないし四月の夜間に千種川下流において、寒さに凍えながら、満潮に伴つて遡河する白子うなぎを採捕し、同時に現場において他の採捕者から採捕白子うなぎを現金にて買い取つたものである。そして、被告森崎らの放苗した内地産白子うなぎの量は、白子うなぎ業者から購入したものより自己採捕白子うなぎ、現場買取白子うなぎの方がはるかに多量である。

(四) 養鰻は、元池における白子うなぎ放養餌付けから始まる。白子時代の鰻は、弱く不安定なので、飼育・水質管理に最も注意を要する。ヨーロッパ産白子うなぎと内地産白子うなぎの差異、特にその適水温の差異に応じ、ヨーロッパ産は二〇度ないし二二度、内地産は二六度ないし二八度に、ボイラーを使用して水温を保ち、二面に分けた元池に別個に放養する。

餌付けは、最初糸みみずを使用し、二週間ほどで白子うなぎ用の配合飼料と糸みみずを混合した餌に変え、これを二週間ほど続けた後、白子うなぎ用の配合飼料に切り変える。

元池において、四か月ないし五か月間過ごした後、二番池に移し変え、分養する。餌は、黒子うなぎ用の配合飼料を使用し、二番池での水温管理は、川水の流入の有無で行い、攪水機を利用した酸素供給や消毒剤による水質管理に注意する。

二番池での飼育を約八カ月位続けたあと、三番池に移すのであるが、一〇月末から一一月にかけて冬眠に入るので二番池、三番池のものを、大きさを選別して、本件三番池に集めて冬眠させる。冬眠期うなぎは全く給餌を必要としないし、水温も異常な急変がない限り、自然温度でよい。

白子時代や夏期とは異なつて、冬眠期は、うなぎが活動を停止し最も安定している時期であつて、病気の感染や酸素不足などの危険が最も少ない時期である。

したがつて、養鰻の管理上、同一箇所に選別の上、冬眠させることが合理的なのであり、現に本件の事故が生起するまで、何の問題も生じなかつたのである。

2  うなぎの大量へい死とその原因

(一) 本件うなぎの大量へい死の原因は、本件養鰻池から四ないし五メートルの距離にある本件工事現場の岩盤爆破作業に伴う発破の衝撃に起因するものというほかはない。

うなぎがへい死する原因―とりわけ大量へい死を招く原因は大別して病気と水変りによるものとされている。

病気には細菌による疾病と寄生虫による疾病の二つがあり、水変りは地底の泥と池の水とのつりあいが破れることからおこる現象であるとされており、いずれにしてもこれらは早期発見によつて、大量へい死を防止することは可能である。

本件養鰻池のうなぎが大量へい死をした昭和五〇年二月頃はうなぎは冬眠中であつて、餌付けの必要もなく、池の減水や水温の変化に注意して管理しておけばよく、とりわけ、管理の容易な時期であつたし、被告森崎らは十分な管理を怠らずに、これまで特に問題なく成長をとげさせてきたものである。

したがつて、被告森崎らとしては本件の大量へい死の原因を把握することが出来ず、上郡農林事務所に対して調査を依頼し、同事務所は兵庫県水産課などに協力を求め「うなぎの死亡調査」を実施した。

(二) 兵庫県側の調査結果によると、まず昭和五〇年二月一九日県水産課において養鰻池の四箇所について水質測定、溶存酸素量の測定を行つたが、特に問題点は指摘されなかつた。

さらに同日持ち帰つてへい死魚体のサンプル数尾を解剖し同水産課の技師四名によつて肉眼的観察及び顕微鏡観察をなしたが、その結果は、明らかな病徴は認められなかつたし、寄生虫あるいは伝染病疾病ではないとの結論に達している。

その後、同年二月二七日にはへい死魚体八尾を静岡県水産試験場浜名湖分場に持参し、魚病検査を依頼したところその結果もほぼ兵庫県水産課の判断と一致している。内訳は八尾中六尾について病変が認められず、うち一尾についてはダクチロギルスの寄生を認めたものの、初期病状であつて、多量へい死の原因とはならないものとされた。環境水による詳細な影響については資料不足のため、正確な判断が得られなかつたものの、水質管理上の異常はなかつたものである。

これらのデーターは、うなぎの大量へい死が疾病や寄生虫、水変りによることに起因しないことを明確にしたのである。

したがつてこの段階においては本件の大量へい死の原因は不明とされた。

しかし、原因の存在しない大量へい死はありえないことであつて、兵庫県水産課の増殖部長浜田章と主任研究員柴田茂両名は、さらに国立南西海区水産研究所(浜口研究室)を訪れ原因究明にあたるべく本件養鰻池のうなぎ七尾を持参し、同研究所で調査検討を加えてもらつた。その結果は剖見によると、肝臓のうつ血、腸管の充血、後腎のうつ血、鰾のうつ血が認められるが、これはいずれも疾病によるものではないうえ、ソフテックス写真の判定によると七尾中四尾に脊椎骨の異常が認められ、何らかの衝撃が魚体に与えられたものと推認されたのである。

右の可能性については、国立南西水研が自ら行つている実験やこれまでの文献上から十分に判断されることであつたし、右検査を担当した松里教官は千種川現場における発破の衝撃が原因であると断定したが、科学者としては、発破による被圧を計算し、現実に鰻に与える影響を追試実験によつて裏付けすることがないままの公式見解であつたために、「死亡は発破が原因であると推定される」との統一見解を出したにすぎないものである。

よつて以上の結果による本件うなぎの全滅は千種川河川災害関連工事に伴う前記発破に起因するということになる。

(三) 原告らは、右因果関係を否定するが、へい死の予想される各検査がなされ、その結果、疾病、伝染病、寄生虫、水質管理などを原因としないことが明らかとなり、消却方法によつて、最終的には発破の衝撃によることが原因であると推認された以上、もはや法律上の因果関係については問題がない。

3  本件の「損失補償」について

本件支出の法的根拠については前述(五2(一))のとおりであるが、さらに次のことを付加する。

(一) 本件うなぎの大量へい死事故は、本件工事における護岸やえん堤それ自体が本来の安全性に欠けていたために発生した事故ではなく、右工事過程における発破の使用が問題となる事案であるから、端的にそこに故意又は過失があつたかどうか、つまり国家賠償法一条の適用の有無が吟味されるべきで、公の営造物の設置又は管理の瑕疵に関する同法二条一項が適用されるべき場合ではない。

(二) 本件工事の請負業者である南光建設(森崎義照ら)は、火薬の使用及びその使用量、使用場所については全て兵庫県の設計どおり、その指示に従つて誤りなく実施したものであつて、火薬類取締法の関連からしても自由な裁量でなしたものではない。

(三) また、発破や火薬使用による衝撃が魚族等にいかなる影響をもたらすのかは、本四架橋等の計画により我が国では近年学究的に取り組まれるようになつた新しい分野であつて、影響の有無・程度、これを避けるべき発破の使用量や使用方法などは全く明らかにされていなかつた。そして、発破の使用により養鰻池のうなぎが死亡するという事例は、全国的にみて皆無でありこの点にふれた文献も見当たらない。

したがつて、土木工事の専門家集団とはいえ、上郡土木事務所長らが、災害復旧工事をなすに際して、本件養鰻池のうなぎがへい死するかもしれないことを全く予想できなかつたことは無理からぬことであつた。

まして、工事請負業者である南光建設や下請業者においてはなおさら予見不可能であつた。

(四) このように国家賠償法一条を吟味しても結局、故意・過失を発見することができない以上、損失補償の問題に帰着すること当然であつて、本件を損害賠償と主張する原告らの見解はとりえない。

(五) なお、原告らは工事業者と養鰻業者が同一であると主張するが、養鰻の主体は被告森崎實を中心とした計五名の千種川フィッシュセンターであつて、この内の一人が南光建設という商号で土建業を営んでいるに過ぎず、主体が同一ということはありえない。そして、養鰻の専門家でさえ、発破使用とうなぎの影響について聞いたことがないというのであるから、千種川フィッシュセンターへの出資と人手が要るときの補助的作業しかしていない南光建設こと被告森崎義照の予見可能性に影響を与えるものでもない。

4  「補償額」について

(一) 白子うなぎの量

(1) 被告森崎らが購入した白子うなぎの量は、その購入代金額から逆に推計できる。

昭和四七年

藤橋商店  四九万二〇〇〇円 フランス産三〇キログラム

片  上 一〇一万三五二〇円 内地産

門  口  七七万一四〇〇円 〃

松島水産  三五万七〇〇〇円 〃

内地産小計 二一四万一九二〇円

日本養鰻漁業協同組合連合会の協定価格が内地産白子うなぎ昭和四七年一二月期においてキログラム当り七万円であるから、同年四月期においてキログラム当り八万円とやや高めにして、量を反対に手固く押えれば右購入代金からの逆算による白子うなぎの量は二六・七七キログラムとなる。

昭和四八年

藤橋商店 一六五万円 フランス産一〇〇キログラム

片   上  四〇万円 内地産

門   口  四八万円  〃

石川養魚場 一六〇万円 フランス産クロコうなぎ

兵庫県の補償算定によると、昭和四八年には内地産白子うなぎの価格が高騰しており、最高キログラム当り四〇万円にまで上つていることを理由として、右内地産白子うなぎの量をキログラム四〇万円で購入したとして、二・二キログラムと算定している。反面、自己採捕分については前記協定価格のキログラム一五万円で算定しており、一貫しない。

購入白子うなぎはキログラム一五万円とみて、五・八六キログラムを計上すべきである。

フランス産クロコうなぎについては、キログラム当り二〇〇〇円八〇〇キログラム、白子うなぎ換算はこの二割相当であるから一六〇キログラムとみるのが相当である。

昭和四九年

シーアンドエフ 五二万五〇〇〇円 フランス産

片     上 九八万七五〇〇円 内地産

前記協定価格によると、右フランス産白子うなぎは五〇キログラムに相当し、内地産は一九・七五キログラムに相当する。

(2) 被告森崎らが、千種川下流において白子うなぎを採捕していたことは前述(七1(三))のとおりであるが、その採捕量については昭和四七年から同四九年までの三か年共に許可数量を超えるものを採捕している外、現場で買い取つたものも多量にあるのであるから、許可数量四〇キログラムとみなされることは低きに失し、許可数量三五キログラムを五キログラム超えて四〇キログラムとされている年も存するが問題にならないことである。そこで、手固く数量を押えるという見地から右各年四〇キログラムとみて、右各年度の白子うなぎの量をまとめると次のとおりとなる。

昭和四七年

フランス産白子うなぎ 三〇キログラム

内地産購入分  二六・七七キログラム

〃 採捕分  四〇キログラム

昭和四八年

フランス産白子うなぎ 一〇〇キログラム

〃クロコうなぎ換算 一六〇キログラム

内地産購入分  五・八六キログラム

〃 採捕分 四〇キログラム

昭和四九年

フランス産白子うなぎ 五〇キログラム

内地産購入分  一九・七五キログラム

〃 採捕分  四〇キログラム

(3) 右白子うなぎを採捕分をも含めて購入したとして代金を算定すれば兵庫県算定の一九四七万六六二〇円となる。

他方、右白子うなぎの量において、歩留りを手固く内地産白子うなぎ五〇パーセント、フランス産白子うなぎ三〇パーセントとみて、右うなぎの逸失利益を算定すると、一億三〇〇〇万円余となる。しかし、歩留りの実際は内地産白子うなぎ七〇パーセント、フランス産白子うなぎ五〇パーセント程度に成功していたこと、さらに白子うなぎの量も前記数量を現実には上回つていることを勘案すると、逸失利益は一億三〇〇〇万円をはるかに越える金額となる。

(二) 飼料について

(1) 配合飼料は、日本配合飼料株式会社の代理店である藤橋商店から購入しており、領収証を兵庫県当局に提出しているのに何故か散逸しており、兵庫県の算定においても配合飼料の推定量と各年度のキログラム当りの相場で計算されている。

しかし、兵庫県当局の右算定値は、赤虫についてはともかく、配合飼料を余りに過少にしていて不当である。つまり、兵庫県当局によると、

昭和四七年 一〇・六一トン

同 四八年 二〇・九六トン

同 四九年 二〇・八三トン

が使用された配合飼料の量だというのである。

(2) これは、出荷する成鰻の重量をフランス産一一〇グラム、内地産一三〇グラムとしていることにも影響されているのであろうが、出荷すべき成鰻の重量は二〇〇グラムと考えるのが相当であつて、一匹の白子うなぎ〇・二グラムが二〇〇グラムの成鰻に成長するためには、成鰻重量の二倍以上の飼料を食するもので、右県の飼料トン数は三分の一か四分の一に抑えられている。

そうすると、飼料代として約一〇〇〇万円と計上されている金額は実際は三〇〇〇万ないし四〇〇〇万円と計上されるのが正しいことになる。

(三) 施設投資額など

(1) 兵庫県の施設投資額が三一七五万円という設定も余りに低過ぎる。近代化資金借入れ金三〇〇〇万円の外、各自の自己資金ないし借入金をも含めた投資額は、八〇〇万円を優に上回るものであつて、且つ養鰻池の構築等にブルドーザーや人手等を無償で提供した上でのことであり、施設の償却費を定額法でみるならば、兵庫県の算定値の二倍額を下るものではない。

(2) のみならず、兵庫県の算定では、投資された施設を以降七年間有効に使用利用することが前提とされている。

しかし、再び白子うなぎの購入や採捕というゼロから出発し、二ないし三年間出荷のないままうなぎの育成にのみ力を注がねばならない上、事故のあつた冬眠池は底土が腐敗しているため使用不能という状態であつて、七〇〇〇万円の補償金を共同の借入金や個人の出資額等の返済に充てれば、何よりも資金面で持ちこたえられなくなる。

したがつて、養鰻の継続を前提とする県の算定は理論上可能であつても、実際上は不可能を前提としていて、三年間の償却費と利息しか算入しないという低きに失するものなのである。

(四) このようにみてくると、光熱費や人件費や借地料等の項目もあるけれども、いわゆる投下資本算定方式という兵庫県の算定も、極めて被告森崎らには低きに失して算定されたものであること明白であつて原告らが主張するような根拠のない、不当に高額の補償金等ではないこと論を待たない。

第三  証拠〈省略〉

理由

一原告らの被告坂井に対する請求について

1  争いのない事実

請求原因1項の事実のうち原告らが兵庫県の住民であること及び被告坂井が兵庫県知事の職にある者であること、同2項の事実のうち被告森崎らに対し七〇〇〇万円が支払われたこと、同5項の事実は、いずれも右当事者間において争いがない。

2  本件支出と参加人の権限委任について

(一)  〈証拠〉を総合すれば、昭和五〇年四月当時の兵庫県における参加人の権限委任は以下のとおりであり、同認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 兵庫県においては、知事の補助機関として、本庁、附属機関、地方機関及びその他の機関を定め(行政組織規則(昭和三六年四月二八日兵庫県規則第四〇号)五条)、地方機関の一つとして相生市、赤穂市、赤穂郡、佐用郡の各区域内の土木部及び建築部の所掌事務の一部を分掌させるため、赤穂郡上郡町に上郡土木事務所を置いている(同規則三三五条、三三六条)。

(2) 地方機関処務規程(昭和四三年五月一日兵庫県訓令甲第八号)三条一〇号別表第一によれば、県知事の権限の一部である「事業の執行に伴う用地の取得及び用地等の補償を決定すること(一件の予定価格が一億円以上及び面積が二万平方メートル以上のものを除く。)」が、土木事務所長に委任されている。

なお、〈証拠〉によれば、取扱いとして右委任事項のうち一件につき一五〇〇万円以上の評価額の決定をするについては、土木事務所長は土木部土地局長と協議しなければならないとされ、(公共用地取得事務取扱要綱一二条)、同局長は、公共用地補償審査会の議を経て土木事務所長に通知することとされている(同要綱一三条)。

(3) 県知事は、財務規則(昭和三九年三月三一日兵庫県規則第三一号)一六条による令達を受けた歳出予算の範囲内で支出負担行為をする権限をかい長(同規則二条四号参照)たる土木事務所長に委任し(同規則四条一項二号)、さらに地方自治法二三二条の四第一項に規定する支出命令をする権限も右かい長に委任している(同規則四条一項三号)。

(二)  これを本件についてみるに、前記認定のとおり被告森崎らに対し七〇〇〇万円の金員が支払われている(この点は前記当事者間に争いがない。)が、右支払いの手続は、〈証拠〉を総合すれば、被告坂井主張(二4参照)のとおりであることが認められ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

ところで、本件支出の法的性質は後述のとおりの趣旨において損失補償であるが、前記権限の委任規定のほか右事実によると、前示地方機関処務規程三条一〇号別表第一に定める「事業の執行に伴う用地の取得及び用地等の補償の決定」は、本件支出のような損失補償の決定を含むものと解されるから、被告坂井は本件金員の補償決定はもち論その支出負担行為、支出命令をする権限はなく、現実の支出手続においてもなんら関与していないものといわざるをえない。

この点、原告らは本件支出に被告坂井が関与している旨主張する(三23参照)が、仮に原告ら主張の事実が認められても被告坂井が本件支出に関与していたと推認することはできない(〈証拠〉によれば、なるほど被告坂井が昭和五〇年一二月一五日の昭和四九年度決算特別委員会で、本件事故の責任をみずからとる旨答弁していることが認められるが、右答弁の趣旨は政治的責任をとる旨の答弁であることがうかがわれるもので、右事実をもつて被告坂井が本件支出に関与していたとはいえない。)。

さらに、被告坂井が兵庫県知事として、上郡土木事務所長に対する指揮監督上、故意又は過失があつたと認めるに足りる証拠はない。

(三)  そうすると、原告らの被告坂井に対する請求は理由がない(なお、被告坂井は、権限委任が行われれば、損害補填の義務がなくなり、したがつて被告適格を欠く旨主張するが、地方自治法二四二条の二第一項四号の「職員」とは、当該損害の直接的原因である違法な行政行為をした職員のみならず、右職員の違法行為を防止する権限及び義務を有するにもかかわらず故意又は過失によりこれを適正に行使せず当該損害に対し間接的な原因を与えた職員をも含むものであつて、被告坂井も上郡土木事務所長に対する関係では右職員に該当する場合もありうると解すべきであるから、権限を委任した一事をもつて直ちに被告適格を欠くとはいえない。)。

二原告らの被告森崎らに対する請求について

1  争いのない事実

請求原因1項の事実のうち原告らが兵庫県の住民であることを除くその余の事実、同2項のうち本件養鰻池内のうなぎが原告ら主張の工事による発破のため全滅死したとして被告森崎らが七〇〇〇万円の金員の交付を受けたことは、いずれも右当事者間において争いがない。

2  本件支出に至るまでの経緯等

(一)  〈証拠〉を総合すれば、以下の事実を認定することができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

(1) 被告森崎らは、いわゆる被差別部落の経済的解放のほか、とりたてて誇りうる産業のない兵庫県佐用郡南光町に新たな産業を育成する目的に基づき、昭和四七年四月から同町内において千種川の水を利用して千種川フィッシュセンターの名で養鰻業を開始した。

右フィッシュセンターの経営者は被告森崎ら五名であるが、実際の養鰻業務はおおむね被告森崎實、同人の妻、訴外森崎達也(同人は被告森崎靏の子である。)のほか女性事務員一名で運営にあたつた。その規模も、①同町下徳久米田字山川に元池及び出荷池を、②同下徳久下宿前に二番池(七面)を、③同下徳久米田坊治に三番池(三面)を、④同下徳久九郎右衛門殿に三番池(四面)(以下「本件養鰻池」ないし「冬眠池」ともいう。)をそれぞれ設置し、元池における白子うなぎ(フランス産及び内地産を使用)の放養餌付けからはじめて、昭和四九年夏には試験的に大阪にある中央市場に出荷するまでになつた。しかし右市場ではうなぎが細くて値が安かつたため、被告森崎らはもう一年育成して出荷することにした。

(2) ところで、昭和四九年九月ころに兵庫県佐用郡南光町付近の千種川(二級河川)が増水し、河川の一部が溢水・決壊したことから、右川の河川管理者は、災害関連復旧事業として被災箇所の復旧を計画し、兵庫県佐用郡南光町内の千種川フィッシュセンター付近の右岸約一一四九メートル及び左岸約七三二メートルの各区域については従来護岸が脆弱か護岸らしきものがなかつたため、のり面保護の工事等改良復旧工事として河川工事を実施することとなつた。

そこで、兵庫県上郡土木事務所長は、右工事の一部(施工延長は約四三七メートルで、右工事区域の左岸に隣接するように被告森崎らの前記④の三番池四面が所在している。)を被告森崎義照に請負わせること(その下請負を被告森崎靏にさせることをも承認)としてその旨の工事請負契約を昭和五〇年一月六日に締結した。右工事の工期は昭和五〇年一月七日から同年三月二五日(後に同年七月一五日に延期)までとされ、当該工事区域の河床は岩盤が露出するなどしていたため通常の工法として発破使用は当初から予定されていた。

そのため、上郡土木事務所長は、被告森崎義照及び同森崎靏に対し、火薬使用については破砕岩の飛散等の事故防止の措置をとるように指示し、右指示を受けて右被告らは、破砕岩の飛散等に対しては、飛散防止工の施工及び監視員の配備等をし、本件養鰻池への用水の補充は工事による濁流が右養鰻池に混入しないように上流から取水をする措置をとり、掘削岩・土砂等の残土を工事現場からダンプカーで搬出するについては本件養鰻池へのずり落ちを防止するため、積込位置・積載量・搬出経路等につき十分な配慮を行つた。しかし、当時上郡土木事務所長をはじめ被告森崎義照、同森崎靏ら関係者は、発破使用の衝撃により本件養鰻池四面において冬眠中のうなぎ(被告森崎らはうなぎの冬眠中はうなぎを一箇所に集めている。)が死亡するとは予想だにしなかつたので、その被害防止のための措置はなんらとらなかつた。

なお、被告森崎靏が岩盤破砕のために使用したダイナマイトの量は、昭和五〇年二月五日に一キログラム、同月六日に二キログラム、同月八日に一キログラム、同月九日に一キログラム、同月一〇日に一キログラム、同月一九日に一キログラム、同月二〇日に二キログラム、同月二一日に三キログラム、同月二二日に一キログラムの合計一三キログラムであり、その使用方法についてもなんら違法な点は見当たらなかつた。そして、右火薬使用の工事現場と本件養鰻池四面との距離は数メートルから約一〇〇メートルという近距離であつた。

(3) 被告森崎靏は昭和五〇年二月一七日ころ本件養鰻池において冬眠中の筈のうなぎが泳いだり、浮上したり、腹をみせたり、死亡していたりするなどの異常に気付き、被告森崎實が同日竜野保健所に原因究明等につき陳情を行つた。

そこで、右保健所からの連絡に基づき、兵庫県立水産試験場職員が、昭和五〇年二月一九日に現地におもむき調査した結果では、うなぎは厳寒期には泥中に潜つているものであるにもかかわらず、いずれの池にもうなぎが水面近くをふらふらした状態で泳ぎ、水が透明で池底までみえる一つの池においては多数のうなぎのへい死体が池底にあり、異常を感じられたこと、極度に衰弱して浮遊しているもの及びへい死直後とおもわれるうなぎを現地で肉眼的観察をした結果では病変は認められなかつたこと、極度に衰弱しているうなぎ数尾を右水産試験場に持ち帰り解剖検査、肉眼的観察及び顕微鏡検査をした結果においても病変らしきものは認められなかつたこと、池の水質も調査時点では毎日千種川の水を注水しているため右川の水質に近い状態にあつて水質異変も認められなかつたことから、右水産試験場としては、異常へい死したうなぎの死因は判定が困難との結論に達した。

そこで、うなぎの病気につきより詳細な検査をするために、同水産試験場職員は、昭和五〇年二月二七日に本件養鰻池においてふらふらしていた異常とおもえるうなぎ八尾を持ち帰り、同月二八日から同月二九日にかけて静岡県水産試験場浜名湖分場に同うなぎの魚病検査依頼をしたところ、八尾のうち二尾については病変が認められたものの六尾は特に病変は認められなかつた。そして右検査に立会した兵庫県立水産試験場職員の観察したところでは、病変の認められた右二尾のうなぎの病気は初期症状を思わせるもので、大量へい死を起こす原因とは考えられないとの判断をしており、右検査結果においても大量へい死を起こす死因が判明しなかつた。

そこで、さらに兵庫県立水産試験場職員は、うなぎの死因調査をするため昭和五〇年三月八日から同月九日にかけて前記④の池から採取したうなぎ七尾(採取年月日は同月七日)を広島県に所在する水産庁(当時)の南西海区水産研究所に魚病検査の依頼をしたところ、同研究所は、うなぎの外見及び内部症状からはへい死の原因は一般にみられるうなぎの病気ではなく、なんらかの事故によるとの印象が強いこと、七尾中四尾に頭部の脊椎骨に異常があり、同症状は一般の疾病には現われずなんらかの衝撃を受けた場合にみられることから、うなぎのへい死原因は一般の病気によるものではなく、現場付近における発破の使用状況からみて発破による衝撃の影響が想定されるとの結論を出している。

(4) そこで、兵庫県側は、昭和五〇年三月一三日兵庫県佐用郡南光町役場において、兵庫県水産課主査、うなぎの死因調査を担当した前記兵庫県立水産試験場職員ほか出席のうえ、被告森崎らに対し、うなぎ死因の調査結果等を説明し、その後は前記認定のとおり(一2(二)参照)の手続を経て、被告森崎らに対し本件支出がなされた。

(二)  原告らは、そもそもうなぎの大量へい死の事実はない旨主張する(請求原因欄3(一)参照)ので以下検討する。

〈証拠〉を総合すれば、千種川フィッシュセンターではうなぎの冬眠時には管理しやすいように一つの池を冬眠池とし同所にうなぎを集めていたこと(冬眠池のなかでは大きさ・年次で区切つていた。)、本件事故が発生した当時の冬眠池は本件養鰻池で、例年と同様にうなぎを越冬させるため昭和四九年九月に他の池から右冬眠池にうなぎを集めたものであること、右冬眠池は四面あり昭和五〇年二月一九日に兵庫県立水産試験場職員が現地調査した際は、いずれの池にも多数のうなぎが水面近くを極度に衰弱した状態で泳いでおり、池底まで見えた一つの池では底に多数のうなぎのへい死体が認められたこと、千種川フィッシュセンターでは昭和四七年四月から白子うなぎの放養餌付けをしていたもので、一般にうなぎは二年で成鰻になるとされているところ、同フィッシュセンターはやや寒冷地にあることなどから成鰻になるまでには三年かかつていたこと、事実、昭和四九年に一度試験的に大阪の中央市場に出荷したところ商品にするにはもう一年かかるといわれたこと、そのころ一般に直接販売したことがあつたとしても商品価値が小さく販売数量はごく少量であつたこと、被告森崎らは本件補償を受けたのち千種川フィッシュセンターを閉鎖し、多額の費用でもつて池を整池に原状回復しているが、その間大量のうなぎが池から取り出された形跡は一切ないことが認められ、右認定に反する証拠はない。

そうすると、原告ら主張の各事実(請求原因欄3(一)(1)ないし(6))はいずれもこれを認定するに足りる証拠がないか、仮に同事実を認定できるとしてもうなぎの大量へい死の事実の認定を否定することはできず、被告森崎らの千種川フィッシュセンターにおいてはうなぎの大量へい死が発生していたものといわなければならない。

(三)  次に、原告らは、前記千種川災害関連工事による発破とうなぎの大量へい死との間には因果関係はない旨主張する(請求原因欄3(二)参照)ので以下検討する。

まず、訴訟上の因果関係の立証は、一点の疑義も許されない自然科学的証明ではなく、経験則に照らし全証拠を総合検討し、特定の事実が特定の結果発生を招来した関係を是認しうる高度の蓋然性を証明することであり、その判定は、通常人が疑いを差し挟まない程度に真実性の確信を持ちうるものであることを必要とし、かつ、それで足りるものと解するのが相当である(最高裁昭和四八年(オ)第五一七号・同五〇年一〇月二四日判決・民集二九巻九号一四一七頁参照)。

これを本件についてみるに、〈証拠〉を総合すれば、本件養鰻池付近の千種川災害関連工事によるダイナマイトの使用は昭和五〇年二月五日から同月二二日までの間で火薬の使用量は合計一三キログラム、本数にして一三〇本で一回の使用量は、二、三本から一五本位であり、ダイナマイト使用箇所と本件養鰻池との距離は数メートルから一〇〇メートル以内であつたこと、本件養鰻池でうなぎの大量へい死に気付いたのは昭和五〇年二月一七日ころで右発破開始と時間的に接着していて、右の発破とうなぎの大量へい死との間に一応の条件関係を推定できること、うなぎの大量へい死を引き起こすと考えられる他の原因のうち、病気の点は兵庫県立水産試験場の検査結果では異常は認められず、うなぎの養殖については先進地である静岡県水産試験場浜名湖分場での検査結果においても検体数八尾のうち貧血を起こしエラグサレ病にかかつているものは一尾、ダクチロギルスが寄生しているものは一尾(以上二尾につき立会した兵庫県立水産試験場職員は病気の初期症状を思わせる感じで大量へい死を惹起するものではないと判断している。)、特に病変を認めないものは六尾となつており、これらの事情からすると、病気が大量へい死の結果発生を招来したという関係を是認する高度の蓋然性がないこと、水質の点については詳細な影響については資料不足で正確な判断はできなかつたものの、兵庫県立水産試験場職員の調査時点(昭和五〇年二月一九日)では水温、PH、DO(溶存酸素量)などの測定値は河川水に近い状態でありこれが大量へい死の原因とは確認できなかつたこと、他方南西海区水産研究所での検査結果の概要は前述のとおりである(理由欄二2(一)(3)参照)が、剖見によると肝臓のうつ血、腸管の充血、後腎のうつ血、鰾のうつ血などが認められこれらの症状はうなぎについて現在知られている約四〇種類の病気のいずれでもないとされ、ソフテックスの写真によると検体数七尾中四尾に頭部に接する部分又は近くの脊椎骨に異常が認められたとされていること、水中爆発による水族の損傷についての実験は必ずしも多くないが、昭和五三年八月に行われた実験(深さ約一メートル、面積約七〇坪の淡水養鰻池の中に二九尾のうなぎを入れ、その中央の泥内に四五グラムのダイナマイト五個をしかけて爆発させたもの)結果によると、ほとんどのうなぎにつき中腸及び直腸の血管充血、肝臓の葉間静脈充血、鰾の上皮剥離、血管充血及び組織断裂が認められ、またかなりのうなぎにつき肝臓の肝細胞空胞形成、ひ臓のうつ血、腎臓の充血が認められるなど内臓の各所にひどい損傷を受けていること、さらに、被告森崎らの千種川フィッシュセンターでは、昭和四七年に養鰻業を開始して以来、うなぎの冬眠を経験していたが、前記千種川災害関連工事による発破使用開始まで大量へい死の事実はなかつたこと、冬眠中のうなぎが発破の衝撃に驚き泥中から泳ぎ出すと再び泥中に戻る体力がないため死亡することも考えられることがいずれも認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

以上の事実に基づき、因果関係に関する前記説示したところにより総合検討すると、他に本件発破とうなぎの死亡との因果関係の存在を否定するような特段の事情の認められない本件においては、経験則上本件うなぎの大量へい死の原因は前記千種川災害関連工事の一環として本件養鰻池付近で行つた発破による衝撃にあるということができるので、右発破と本件うなぎの大量へい死との間には因果関係を肯定するのが相当である。

この点、原告らは因果関係がない旨強く主張する(請求原因欄3(二)参照)が、右は訴訟上の因果関係の立証につき前示したところと異なる見解に立つものでその前提において採用しえないばかりか、原告らが因果関係を否定するものとして主張している事実(請求原因欄3(二)(3)(5)(6))を認めるに足りる証拠はない(とりわけ、原告らがダイナマイト爆破により千種川の魚には何らの影響もない反面、本件養鰻池に冬眠中のうなぎのみがへい死することは考えられない旨主張するが、証拠上は千種川の魚類にいかなる影響がでたかを調査したものはないこと、〈証拠〉を総合すれば、ダイナマイト爆破による工事は千種川の渇水期を選んで行われ川の魚族への影響も少ないと推測されること、水中発破の魚族に対する実験結果によつても発破の影響は魚種と生息状況により、魚体の受ける症状が異なるものとされ、ダイナマイト爆破の冬眠中のうなぎに対する影響と川魚に対するそれとは同一には論じられないこと、むしろ本件養鰻池付近の養豚場の豚が食欲不振となり、それがダイナマイト爆破によるものとして補償がなされていることなどが認められることからすれば、原告らの右主張は失当である。)。

3  本件支出の適法性

(一)  本件支出の法的性質

原告らは、本件支出の法的性質は「補償」ではなく「賠償」である旨主張するので、以下検討する。

千種川フィッシュセンター付近の本件工事は、前記認定のとおり(二2(一)(2)参照)、河川管理者の計画した災害関連復旧工事の一環として施行されたもので、河川の溢水・決壊等を防止するという公益目的実現のためおこなわれたものである。この公益目的実現の行為によつて、前記認定のとおり被告森崎らの経営する千種川フィッシュセンターの養鰻池のうなぎが大量へい死し、そのため、被告森崎らは、昭和四七年以来丹精込めて育ててきたうなぎをほとんど出荷することもなく、多額の借財を抱えたままついには千種川フィッシュセンターを閉鎖するまでに追い込まれたものであり、このことは右工事により社会生活上一般に当然受忍すべき限度を著しく逸脱した特別の犠牲を余儀なくさせたものということができる。

被告森崎らのこの特別の犠牲に対し、千種川付近の住民等は、右災害関連復旧工事により、千種川の溢水・決壊等による災害の発生が防止され、河川法が目的としている国土の保全・開発に寄与し、公共の安全の保持・増進による社会的利益を享受している。

そこで、災害関連復旧工事により被告森崎らがこうむつた特別の犠牲を、災害防止の目的のためにやむを得ない犠牲と解すべきか、あるいは、社会・国民全体の負担においてこれを償うべきかであるが、この点、公共のためにする財産権の制限が社会生活上一般に受忍すべきものとされる限度をこえ、特定の人に対し特別の財産上の犠牲を強いるものである場合には、憲法二九条三項によりこれに対し補償することを要し、もし右財産権の制限を定めた法律、命令その他の法規に損失補償に関する規定を欠くときは、直接憲法の右条項を根拠として補償請求をすることができないわけではないと解される(最高裁昭和四三年一一月二七日大法廷判決・刑集二二巻一二号一四〇二頁、同昭和五〇年三月一三日第一小法廷判決・裁判集民一一四号三四三頁、同昭和五〇年四月一一日第二小法廷判決・裁判集民一一四号五一九頁参照)。

そこで、関係法規の規定をみるのに、都道府県知事又はその命じた者若しくはその委任を受けた者は、一級河川、二級河川の河川工事を行なうためやむを得ない必要がある場合においては、他人の占有する土地に立入ることができ(同法八九条一項)、都道府県知事は、右の規定による処分により損失を受けた者がある場合においては、その者に対して、通常生ずべき損失を補償しなければならない旨(同条八項)定めている。本件のように、工事の際の発破による衝撃、振動を工事現場から被告森崎らの占有する本件養鰻池に伝播させることは、工事関係者を工事現場から本件養鰻池内に立ち入らせるのと同視することができるし、また、立ち入りによる損失が補償されるのであるから、まして立ち入り以上に大きな損失を与える本件の場合にその補償をすることは、先に説示したとおり憲法二九条三項の趣旨にも合致することを考えると、前示河川法八九条一項にいう立ち入りとは、河川工事のためやむを得ない発破の使用により衝撃、振動を他人の占有する土地に伝播させ、右他人に特別の犠牲として重大な損失を与えることをも含むものと解すべきである。

そうすると、被告森崎らは、前記認定のとおり(一2参照)、上郡土木事務所長に対し、憲法二九条三項の趣旨による河川法八九条八項に基づき本件事故によりこうむつた損失につき通常生ずべき損失の補償を請求することができるものというべきである。

この点、原告らは、本件は国家賠償法二条一項あるいは民法上の不法行為に基づき請求すべき場合であるから、本件支出の法的性質は「損失補償」ではなく、「損害賠償」である旨強く主張する(請求原因欄3(三)参照)。

原告らが主張する管理上の瑕疵とは、河川改修工事の方法の瑕疵であり、本件においては、千種川近くに養鰻池が所在しダイナマイトによる発破を繰り返せば養殖中のうなぎに被害を及ぼすおそれが十分に予想されたにもかかわらず、これを防止するための何らの措置をとることもなく漫然とダイナマイト発破を繰り返したことであるが、右見解にしたがつた場合、前記認定のとおり(二2参照)、ダイナマイト発破自体は違法とはいえないし、またこれにより被告森崎らの本件養鰻池のうなぎが大量にへい死する被害を及ぼす危険は当時一般にも予想されていなかつたのであり、事実、本件うなぎの大量へい死の原因につき前記南西海区水産研究所においてようやく前記のとおりの結論を得たものであることからすれば、本件河川改修工事施行の際その具体的状況に応じ、前示のとおりの破砕岩の飛散防止、取水、残土搬出の際の本件養鰻池へのずり落ち防止などの措置がとられている以上、うなぎの大量へい死の危険防止につき適切な措置がとられたものであつて、原告ら主張の管理上の瑕疵は存しないこととなり、右内容はとりもなおさず民法上の過失も存しない結果ともなる。

このような場合、原告らは損害賠償を請求しえなくなるにすぎない旨主張するが、前述のとおり被告森崎らの前記特別の犠牲をそのまま放置するのは憲法二九条三項の趣旨に反するというほかなく、被告森崎らは河川法八九条八項に基づき通常生ずべき損失に対する正当な補償を請求することができるものと解すべきである。

そもそも、従来、不法行為に基づく損害賠償と適法行為に基づく損失補償とは異なる制度、異なる理論に基づいて発展してきたものであるが、今日においては、双方から接近しいずれの場合にも損害の公平負担の見地から、被害者の損害の補填に重点を置いて問題を解決しなければならない事情が生じており、本件のような公共事業により第三者にもたらされるいわゆる事業損失は、その一例というべきで、原告ら主張のように損害賠償を請求すべき場合には損失補償を一切請求できないと解することは相当でない。

(二)  本件補償の範囲及び金額

(1) 右に検討したように、憲法二九条三項の趣旨に基づき河川法八九条八項に定める通常生ずべき損失に対する正当な補償をすべきものとした場合、右にいう「正当な補償」とは、損害填補の観点から十分に原状回復せしめることを要し、その補償の範囲は一般犠牲とは区別された前記特別の犠牲に対してのみ及ぶものというべきである。そして、補償額(河川法八九条九項で準用される同法二二条五項の見積額)の算定方法について具体的に定めた法令はなく、損害填補のために客観性をもつた算定方法を選択するほかないが、事案によつては数通りの算定方法が考えられることもまれではなく、このような場合には、その算定方法が著しく不合理で憲法二九条三項の趣旨に明らかに反するような特段の事情の認められないかぎり、いずれの算定方法を採用しても「正当な補償」でないということはできないと解するのが相当である。

(2) そこで、まず本件における補償方法について検討するに、〈証拠〉を総合すれば、兵庫県当局が、昭和五〇年三月一三日兵庫県佐用郡南光町役場において、被告森崎らに対しうなぎの死因調査結果等を説明して以降、被告森崎らは上郡土木事務所長と十回を越える交渉をもち、当初は三億円あるいは一億円以上の損失の補償を請求したこと、右当初の請求は根拠のないもので調査・検討の余地がなかつたことから、上郡土木事務所長は、これを拒否したところ、被告森崎らは、千種川フィッシュセンター経営に要した費用の補償として投下資本補償方式により八三〇〇万円の支払いを求めたこと、そこで、上郡土木事務所長は、補償額の算定方法として、兵庫県補償基準等に依拠しつつ、その合理的な範囲については、右投下資本補償方式のほか、実損補償方式、営業廃止とした場合の補償方式等を検討したが、実損補償方式は被害実態の客観的確認がすこぶる困難であり、当時は被告森崎らも営業廃止までは考えておらず、千種川フィッシュセンターは昭和四七年に養鰻業を開始し同五〇年七月ころうなぎ出荷予定で利益らしいものは上がつていないうえ、同センターのような養鰻経営型態は近郷に見当らず粗収入見込額から算定することが困難であることなどから、やむなく投下資本補償方式を採用したこと、その後所定の手続を経て本件支出がなされたことの各事実を認定することができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、本件においては右投下資本補償方式が著しく不合理で憲法二九条三項の趣旨に反するものともいえないので、右補償方式により算定された損失額が「正当な補償」に当らないということはできない。

(3) 次に、右投下資本補償方式に基づき本件補償額を検討する。

ア 白子うなぎ購入金額(一部クロコうなぎも含む。)

〈証拠〉を総合すれば、被告森崎ら経営の千種川フィッシュセンターにおいては白子うなぎの取得方法として、①業者からの購入、②千種川河口付近での自家採捕、③右採捕現場での他の採捕者から直接現金で購入する方法があつたこと、上郡土木事務所長は右①②に対してのみ補償したこと、右①の昭和四七年から同四九年までの金額は次のとおりであることの各事実を認定することができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

昭和四七年

フランス産白うなぎ

藤橋商店   四九二、〇〇〇円

内地産白子うなぎ

片  上 一、〇一三、五二〇円

門口春夫   七七一、四〇〇円

松島水産   三五七、〇〇〇円

右合計  二、一四一、九二〇円

以上合計  二、六三三、九二〇円

昭和四八年

フランス産白子うなぎ

藤橋商店 一、六五〇、〇〇〇円

内地産白子うなぎ

門口春夫   四八〇、〇〇〇円

片  上   四〇〇、〇〇〇円

右合計   八八〇、〇〇〇円

クロコうなぎ

石川養魚場 一、六〇〇、〇〇〇円

以上合計  四、一三〇、〇〇〇円

昭和四九年

フランス産白子うなぎ

シーアンドエフ 五二五、二〇〇円

内地産白子うなぎ

片 上    九八七、五〇〇円

以上合計  一、五一二、七〇〇円

次に、右②の自家採捕分の補償額につき、前記関係証拠のほか〈証拠〉を総合すれば、白子うなぎ採捕には許可が必要で被告森崎らの採捕許可数量は昭和四七年が三五キログラム、同四八年が四四キログラム、同四九年が四〇キログラムであつたこと、日本養鰻漁業協同組合連合会(静岡県浜松市所在)の一キログラム当りの内地産白子うなぎの協定価格は、昭和四七年は一二月で七万円(他の月は協定価格不明)、同四八年は三月で一五万円、同四九年は二月で七万ないし一〇万円それ以降は五万円であつたこと、やみ値は不明であるが昭和四八年には最高四〇万円まではね上つたことがあつたことの各事実を認めることができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

そこで、自家採捕分の補償額は、現実の採捕量が明らかでない本件においては、採捕許可数量が採捕されたものとみてこれを基準にして、白子うなぎ購入時期である二月ないし五月ころに近い時期の右協定価格に基づき試算する(ただし、昭和四七年は一二月の協定価格によらざるを得ない。)すると、その計算結果は左のとおりである。

昭和四七年 二、四五〇、〇〇〇円

35(キログラム)×70,000(円)=2450,000(円)

昭和四八年 六、六〇〇、〇〇〇円

44(キログラム)×150,000(円)=6,600,000(円)

昭和四九年 二、〇〇〇、〇〇〇円

40(キログラム)×50,000(円)=2,000,000(円)

以上合計 一一、〇五〇、〇〇〇円

以上を合計すると一、九三二万六六二〇円となる。

2,633,920(円)+4,130,000(円)+1,512,700(円)+11,050,000(円)=19,326,620(円)

他方、〈証拠〉によれば、上郡土木事務所長が算出した白子うなぎ購入代金は一九四七万六六二〇円であることが認められ、前記合計金額を一五万円上回ることとなる。しかしながら、〈証拠〉を総合すれば、採捕現場で他の採捕者から直接現金で購入した白子うなぎの量もかなりあつたこと、昭和四七年から同四九年までの協定価格は前記のとおりであるが、やみ値は右価格を上回ること、昭和四八年には内地産白子うなぎの価格が高騰していることが認められ、右三年間の採捕現場での購入代金は、一五万円を優に上回ることは十分推認することができ、上郡土木事務所長の算出した前記金額がただちに前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償の域を越え違法となるものとはいえない。

イ 飼料代

まず、赤虫(糸みみず)についてであるが、〈証拠〉を総合すれば、兵庫県農林部食料局水産課が、岡山県内水面養殖漁協に対しうなぎ飼料(赤虫)のあつせん価格を照会したところ昭和四七年から同四九年までの右価格は一キログラム当りそれぞれ五〇〇円、六五〇円、八〇〇円であつたこと、白子うなぎの餌付けはじめは相当の無駄餌があることはやむを得ないとされていること、したがつて右照会価格を基準としておおむね被告森崎ら主張に沿う使用量を乗じて赤虫の飼料代金額を積算したところによると、金額は年別に一四万五〇〇〇円、三一万二〇〇〇円、二六万四〇〇〇円(合計七二万一〇〇〇円)となることが認められる。

右によれば、無駄餌の量を確定できないと解されるから、白子うなぎの量から必要な赤虫の量を推定し、それに基づき赤虫の飼料代を積算することは必ずしも合理的とはいえず、他に合理的な積算方法もみられない本件においては、上郡土木事務所長の採用した右積算方法はやむを得ないものであり、右積算の結果は、前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償の域を越えるものではないといわなければならない。

次に、配合飼料であるが、〈証拠〉を総合すれば、飼料(配合)の使用量とうなぎの生産量との間には一定の相関関係が認められるので、うなぎの養殖成鰻までに必要とされる配合飼料の数量(飼効率)や各年度毎のうなぎの成長速度等を考慮して、成育中のうなぎの数量から必要とされる配合飼料の数量を算出したこと、右飼料の単価は、赤虫の場合と同様に各年のあつせん価格を照会し、右配合飼料の数量に右単価を乗じて各年の配合飼料の金額を積算したこと、その金額は昭和四七年一三七万九三〇〇円、同四八年三六六万八〇〇〇円、同四九年四二七万〇一五〇円であつたことが認められる。

右によれば、配合飼料の場合は赤虫とはちがい、成育中のうなぎの数量から配合飼料の数量を推定することは合理的であり、上郡土木事務所長の採用した右積算方法は妥当であり、右積算の結果も、前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償の額を越えるものではないといわなければならない。

ウ 光熱費

〈証拠〉によれば、千種川フィッシュセンターが使用した電気料金は、昭和四七年が二一万五六八六円、同四八年が五五万四七七七円、同四九年が一〇六万〇九七四円(合計一八三万一四三七円)であることを認定でき、同認定を左右するに足りる証拠はない。

したがつて、光熱費として右合計額一八三万一四三七円を補償額としたことは正当である。

エ 借地料

〈証拠〉を総合すれば、千種川フィッシュセンターの養鰻池は被告森崎らが提供した土地のほか借地も存していたが、投下資本補償方式からして自己所有地であつても、養鰻池として使用しなければ他の事業の実施により相当の利潤をあげうるものであることから、借地料の補償をすべきものとしたこと、千種川フィッシュセンターの養鰻池の総面積は一万一〇二〇平方メートルあつたこと、一平方メートル当りの単価は、兵庫県が行つた公共事業において付近地を買収した昭和四九年の実例価格三二〇〇円を基本として昭和四七年を二一五六円、同四八年を二六三六円としたこと、右計算は、兵庫県内の普通田の一〇アール当りの平均価格が昭和四七年が四八万六九六四円、同四八年が五九万五三三三円、同四九年が七二万二二五八円であることから、昭和四九年の価格を一〇〇とすると昭和四七年は六七・四、同四八年は八二・四となるので右比率に基づき算出したものであること、兵庫県補償基準等によれば、土地の使用に係る補償は正常な地代又は借賃をもつてするものとし、右正常な価格はおおむね使用する土地の正常な取引価格に六パーセントを乗じて得た価額を一年間の地代又は借賃とするとしていること、右に基づき積算すると、昭和四七年は一四二万五五四七円、同四八年は一七四万二九二三円、同四九年は二一一万五八四〇円となること(合計五二八万四三一〇円)の各事実を認定することができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、上郡土木事務所長の決定した借地料の補償額は、前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償の範囲内にあるものとして相当というべきである。

オ 人件費

〈証拠〉を総合すれば、被告森崎實が兵庫県に提出した昭和四七年から同四九年までの養鰻経営に伴い支出した人件費は、昭和四七年が三〇六万七五〇〇円、同四八年が三九九万円、同四九年が三九四万円で、人員の内訳は、常時従事者は男二名と女一名、臨時雇は昭和四七年が延べ四五名、同四八年が延べ一二〇名であつたこと、全国的統計資料によつても千種川フィッシュセンターの面積規模程度では従業員数(家族も含め)は約三名であるし、また単価的にも不相当なものとはいえないこと、被告森崎實提出の人件費の積算結果は、一般に養鰻経営の場合の人件費は白子うなぎの場合で生産費の六・三パーセント、成鰻の場合で生産費の一三・七パーセントとされている点からしても必ずしも不当に高い金額とはいえないことが認められ、右認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、人件費についても被告森崎らの主張をそのまま採用したものではなく、千種川フィッシュセンターの規模を基準に全国的な統計資料に基づき積算したものであり、その積算過程も特に不合理な点は見当らないので、上郡土木事務所長の右積算結果は妥当であり、前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償の額を越えるものではないというべきである。

カ 薬品その他

〈証拠〉を総合すれば、養鰻経営の場合薬品が不可欠であること、その金額は統計上事業費の〇・九パーセントであつたこと、そこで千種川フィッシュセンターの場合も前記アないしオの合計金額の〇・九パーセントを薬品代として認めたこと、昭和四七年から同四九年までの右金額の合計額は四二万八六五三円であつたことの各事実を認定でき、同認定を左右するに足りる証拠はない。

養鰻経営の場合、うなぎの病気発生防止等のため薬品を使用することは必要不可欠であり、被告森崎らも薬品等を使用したことは容易にうかがえるので、右項目名下に補償すること自体妥当であり、その積算過程も客観的な統計上の数値に基づいているので、前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償として、何ら不合理な点は見出せない。

キ 右アないしカの利息

〈証拠〉を総合すれば、右アないしカの経費を投下しながらその養鰻業が収益期を迎えないまま壊滅的被害を受けたところ、本来その間右費用相当額の資金を他の事業に運用していれば一定の利潤を得ることができた筈であるし、実際にも右資金の借受利息の支払義務を負担しているものであることからすると、その損失補償の必要性があること、当時の農協借入利率が年一〇ないし一二パーセントであつたことから、右アないしカの利息費用も右を参考にして年一〇パーセントとしたこと、積算方法として複利計算を採用したこと、ただ昭和四九年のアないしカの費用のうち五〇〇万円は農業振興資金の借入れで年利率が一・五パーセントの低利であつたことから五〇〇万円については右一・五パーセントで計算したこと、その結果昭和四七年は一二一万七五五五円、同四八年は三三九万七四三八円、同四九年は四八四万二一九五円(以上合計九四五万七一八八円)であつたことの各事実を認定でき、同認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、右アないしカの利息を補償したこと、その積算方法及び積算の結果は、前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償として、いずれも妥当であるといわなければならない。

ク 施設償却費

〈証拠〉を総合すれば、被告森崎らが養鰻業を経営するにつき設置した養鰻池・小屋等の施設費が三一七五万六一〇〇円であつたこと、養鰻業として使用する以上右施設費を償却していくこととなるが、投下資本補償方式により補償することとなると、昭和四七年から同四九年の三年間の償却分を補償する必要があること、償却期間は種々の資料を検討した結果一〇年間としたこと、したがつて一年間の償却費用は右三一七五万六一〇〇円の一〇分の一である三一七万五六一〇円であること(三年間の合計は九五二万六八三〇万円)の各事実を認定でき、同認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、施設償却費を補償すること、その積算方法及び積算の結果は、前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償として、いずれも妥当である。

ケ 施設投資による利息

〈証拠〉を総合すれば、施設投資による利息を補償した理由は前記キと同様の理由であること、被告森崎らが施設に投資した金額は三一七五万六一〇〇円であること、右金額のうち被告森崎らが農業近代化資金として借り入れたのが二五〇〇万円でその貸付利息が年利二パーセントであり、残余の六七五万六一〇〇円は被告森崎らの自己資金(貯金)でその金利が年利六パーセントであつたこと、右に基づき年間利息を算出すると九〇万五三六〇円(三年間で二七一万六〇八〇円)であることの各事実を認定でき、同認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、施設投資額の利息を補償したこと、その積算方法及び積算の結果は、前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償として、いずれも妥当である。

コ 冬眠池の消毒等

〈証拠〉を総合すれば、被告森崎らは養鰻業を続ける決意を有していた(当時)こと、そのためにはうなぎが大量にへい死した冬眠池を消毒する必要があつたこと、そのために必要な人夫賃、薬代等合計三〇万円の補償を決めたことの各事実を認定することができ、同認定を左右するに足りる証拠はない。

右によれば、損失補償の交渉当時、被告森崎らは養鰻業継続の意思を有していたもので、冬眠池の消毒をする必要があり、そのための費用の補償は相当であつたというべきで、その積算方法及び積算の結果も、前示の通常生ずべき損失に対する正当な補償として妥当である。

サ 以上を合計し、さらに白子うなぎの採捕現場で他の採捕者から直接購入した代金を加味すれば、被告森崎らの損失補償額は七〇〇〇万円を下らないものであることは明らかである。

(三)  以上の次第で、被告森崎らに支払われた七〇〇〇万円は前示の通常生ずべき損失に対する「正当な補償」の範囲内にある金額であるというべきであり、したがつて、本件支出は適法であるといわなければならない。

三結論

よつて、原告らの請求は、その余の点について判断するまでもなく、いずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき、行政事件訴訟法七条、民事訴訟法八九条、九三条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官野田殷稔 裁判官小林一好 裁判官横山光雄)

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